第619話 戦場での『必殺』とはそういうものです。
「むう……見た限り話にならないなぁ。『内気功』を使っただけでこの始末だろう? この上『外気功』とやらを使ったら5人がかりでも相手にならないんじゃないか?」
「そうでしょうね。ですが、物事には中途半端に終わらせるべきでない時があります。過ちをただすなら徹底的に行うべきでしょう」
勝負にならないドリーの戦いぶりを見て、ドイルはもう観戦に飽き始めていた。彼の目から見れば既に十分なデータが取れており、これ以上は時間の無駄に思える。
それに対してマルチェルは「やるなら徹底的に」という考えだった。
言い訳の余地を残さず、完膚なきまでに叩きのめす。
「騎士だ、剣士だと気取っても、武術なんてものは野良猫の喧嘩と変わらないところがあるのです。どちらが強いのかをはっきりさせておかないと、後々禍根が残ります」
「くだらない意地の張り合いだねぇ。精々手っ取り早く決着をつけてくれることを期待しよう」
聞えよがしな2人の会話はシュルツ団長の耳にも届いている。子飼いの騎士たちが女性剣士1人に手玉に取られているのだ。「反魔」だ、「抗気」だという立場など関係なく、王立騎士団としてのプライドが傷ついていた。
「ご来客は本気の立ち合いを望んでおられる。王立騎士団の本気とは『必殺必勝』あるのみ! 5名の団員は死地にあると思って立ち合いに臨め!」
社交辞令や騎士団長としての余裕をかなぐり捨てて、シュルツが吠えた。
5名の反魔抗気党メンバーは互いに顔を見合わせると、盾を捨て、剣のみを引っさげて進み出た。
「ふむ。マルチェル、盾を捨てたことに意味はあるのかい?」
あえて防御力を下げるような振る舞いを見て、ドイルが疑問を口にした。
「あれは彼らの
当然のことを語る口調でマルチェルは言った。
自分が斬られている間に、他の味方が敵を斬る。犠牲をいとわない戦法でもあった。刃引きした模擬剣とはいえ、大怪我する危険を顧みない死に物狂いの戦い方だ。
「双方準備は整ったと見た。始めっ!」
合図と共に5名の騎士はドリーを囲もうと横に動き出した。それを予期していたドリーも自分の左手に向け、走り出す。
「ハッ! ハッ! ハッ!」
左手を突き出し、ドリーは左端の騎士目掛けて遠当てを3発放った。イドで包んだ3つの圧縮空気弾は水平に並んで飛んでいく。
イドの制御を磨いたドリーだが、遠当ての精度はヨシズミやステファノに及ばない。狙いのブレを補うために着弾点を広げたのだった。
「ぐはっ!」
ドリーの思い通り、真ん中の空気弾が移動中の騎士を捉えた。着弾と同時に弾けた空気弾が、体ごと騎士を跳ね飛ばしながら意識を刈り取った。
「1人」
冷静にカウントしつつ、ドリーは前に出た。騎士たちの2倍という圧倒的なスピードで。気絶した左端の騎士に走り寄り、首筋を剣尖の腹で叩きながら通過する。これで、この騎士は死亡認定だ。
ドリーが左前に移動した結果、騎士たちの包囲網が破綻した。彼らが描く円弧の端にドリーがいる。
これでは多勢を生かした集中攻撃ができない。ドリーから遠い右端の2人は方向転換してドリーに近づこうとしているが、すぐには戦いに加われなかった。
その反面、左から2番目の騎士はドリーと鉢合わせする勢いで距離を詰めていた。ドリーの急接近に一瞬驚いたが、すぐに覚悟を決めて右手の剣を引きつけた。
走りながら剣を振ることは難しい。間合いをあやまたぬためにも、出会い頭の刺突を攻撃方法に選んだのだ。
騎士の上背は2メートル近い。突きでの争いであれば、体格を生かしてドリーを制せると判断した。
「水餅!」
突きの間合いに入る手前で、踏み切りながらドリーが叫んだ。
(馬鹿め! 間合いの手前からジャンプするとは。突きの餌食だ!)
大兵の騎士は右足を大きく踏み出しながら、全身の勢いを載せて右手を突き出した。ブレのないきれいな突きがドリーの
「うっ?」
突きを放つはずの腕が上がらなかった。得体のしれない柔らかいものに両腕を胴体に縛りつけられている。
バランスを崩した騎士は、もがきながら前のめりに倒れた。
「2人」
ぱあんっ!
乾いた音が騎士の後頭部から鳴った。ドリーの靴が真上を通り抜けながら踏みつけた音だ。
内気功で筋力と反応速度を強化したドリーは、更に高く、鋭く、前方へ飛び出す。
「イドの翼」
空中に身を横たえ、両手両足を広げながらドリーは体を覆うイドの鎧を翼の形に変形させた。十分な勢いをつければ、魔法を使わなくとも短時間の滑空ができる。
ドリーは残り3人の頭上を飛び越えて、右端の騎士に襲い掛かろうとしていた。
3人の騎士たちはドリーが仲間2人を倒す間に、周りを囲む位置に戻ろうとしていた。しかし、彼らを飛び越えたドリーはそれを許さず、今度は右側から3人を一直線に迎え撃つ位置に降り立った。
騎士たちは再び向きを変えねばならず、体の勢いを止めざるを得なかった。止まってしまえばドリーの良い的だ。
「ハッ! ハッ! ハッ!」
騎士たちが振り返った瞬間、ドリーは目の前の騎士に向けて3発の遠当てを放った。相手は止まっているので狙いが外れることはないが、避けられた場合を考えて相手の左右にも撃ち込んだのだ。
振り向いたばかりの騎士は体が
「3人」
静かに数えながら、ドリーは右手の剣を体の前に構えた。
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