第619話 次は『内気功』のみを使いましょう。

 200名近い団員が見守る中、ドリーは1人目の団員と向かい合っていた。団員の手にはカイトシールドがあったが、ドリーは左手を空けていた。


「わたしが審判を務めよう。双方準備はよいな?」

「ハッ!」

「はい」


 シュルツが間に立って、2人を見回し手を上げた。


「始めっ!」


「オオォオオーッ!」


 号令と同時に相手が雄叫びを上げて突進してきた。敵を威圧し、勢いで粉砕する戦場剣法だ。

 武骨だが、これはこれで有効な戦い方ではあった。


 対するドリーはにやりと笑うと、左足を前に出す半身となった。右手の剣を水平に倒し、後方に差しのべた形を取る。体の陰に剣が入り、相手からは見えない。


 彼我の距離が3メートルまで迫った時、ドリーは右手の剣を相手に投げつけた。


「馬鹿なっ!」


 初手で武器を手放す剣術など存在しない。もし戦場であればその先は素手で多数いる敵を相手にしなければならない。

 だが、ここには敵が1人しかいなかった。


 くるくると飛んでくる剣を、驚きながらも相手はカイトシールドで受け止めた。その一瞬、目の前にかざしたカイトシールドが視界をふさぐ。


「うっ!」


 何かが団員の腹にぶち当たってきた。革鎧を通して衝撃が内臓に染み通る。

 一瞬で間合いを詰めたドリーの横蹴りだった。


 その一蹴りで団員の動きが完全に止まる。次の瞬間には剣を持つ右手を掴まれ、軽々と投げ飛ばされていた。


「がはっ!」


 背中から地面に落ちた団員は肺の空気をすべて絞り出された。


「むっ?」


 急いで立ち上がろうともがいたところで、首筋に当てられた剣の冷たさに気づいた。

 奪い取った剣をドリーが敵の首筋にぴたりとつけたのだ。


「それまでっ!」


 あっという間の勝利であった。

 ドリーは模擬剣を手の内でくるりと回し、柄元を先にして相手に返した。


 ゆっくりと地面から自分の模擬剣を拾い上げ、ドリーはシュルツに顔を向けた。


「次は『内気功』のみを使いましょう。お相手は2人同時で」

「!」


 2対1で騎士を相手にする。そううそぶくドリーにその場の空気が凍りついた。


「侮っているつもりはないのだな?」


 感情を押し殺した声でシュルツが尋ねた。


「相手はイドの訓練をしていない。『内気功』の効用でわたしの筋力、反応速度は今より大幅に向上します。2人程度で相手にならないのは明白です」


「おのれ、言わせておけば!」


 残る4名の反魔抗気党から憤りの声が上がった。彼らにしてみれば馬鹿にされたと受け取るしかない。

 足音も荒く、次の2名が進み出てきた。


「我らの剣はいささか手荒い。覚悟して相手をしてもらおう!」

「歩いて帰れると思うな!」


 礼儀をかなぐり捨てて2人はドリーに敵意を燃やした。模擬剣を手に取り、盾を打ち鳴らす。


「結構ですな。さすがは王立騎士団のお歴々といったところ。稽古に身が入るというものです。では、よろしければ審判?」

「うむ。準備はよいな? 始めっ!」


 騎士団の訓練が荒っぽいのは当たり前のことだった。怪我人が出るのも日常茶飯事だ。ドリーもそれに怯むような鍛え方はしていなかった。


 先程の立ち合いとは異なり、2名の団員は左右に分かれるとカイトシールドを掲げてじりじりとドリーに迫った。対するドリーは特に構えを見せず、模擬剣をだらりと下げたまま突っ立っていた。

 相手はドリーの投擲と突進を警戒していた。逆に言えば、勢いを止めてしまえば挟み撃ちでどうにでも料理できると考えていた。


 その考えは間違っていなかったが、相手がドリーだということを計算に入れていなかった。


 敵が5歩の間合いに迫ったところで、剣を引っさげたままドリーはすたすたと歩き始めた。その動きがあまりにも無造作なため、意表を突かれた相手はドリーの接近を許してしまった。

 あと1歩で刃圏内というところで、突風のようにドリーが走った。


 走る勢いそのままに前蹴りで左の男の盾を蹴りつけ、盾の表面を駆け上がって男の頭上に飛び出した。体を毬のように丸めて前転すると、男の背後に着地し、振り向きもせず後ろ蹴りで男を吹き飛ばした。

 たたらを踏んでよろめき倒れていく男の後ろからドリーは走り寄り、前のめりになった男の背中を蹴って再び宙に飛び出す。


 野生動物のようなドリーの動きに驚き、残った右の男は手を出す機会を見つけられずにいた。宙を飛んでくるドリーを見て高々とカイトシールドを掲げる。一旦衝撃を受け止めてから刺突でドリーを倒そうと、カイトシールドの後ろで突きの構えを取っていた。


 トン。


 掲げられたカイトシールドの表面に、ドリーは猫のように着地した。


「くっ!」


 女性とはいえ人間1人の重量を片腕で支えるのは難しい。ドリーを跳ね飛ばすどころか、重さに負けてずるずると腕が下がった。体が傾き、右手の剣を突きだすこともできない。

 よろめく男と裏腹に、ドリーは猫のように男の剣にまとわりついていった。


 懐に入り込めば剣は振れない。男の右手を左わきに抱え込みながらドリーは逆手に持った剣を男の首筋に押しあてた。盾を持たない左手を上手く使った接近戦の技だった。


「それまでっ!」


 シュルツがドリーの勝ちを宣した。


「おや? 先に転んだ方の男は無傷じゃないのかい?」

「背中に乗って飛び出す瞬間に、ドリーさんは相手の首筋を剣の腹で叩いたのです。本身の剣であれば頸動脈を切られていたはずです」

「なるほど。それで死亡判定か」


 マルチェルやヨシズミ、ステファノとの稽古を経てドリーは猫のように身軽に跳び回る戦法を編み出した。内気功による瞬発力と女性特有の柔軟性、体の軽さを組み合わせたのだ。特にステファノとの申し合いでは互いに跳び回り、目まぐるしく攻守の入れ替わる攻防が多かった。

 杖の間合いではステファノも互角に渡り合えたが、それより近づけばドリーの技が上回った。


 マルチェルの目から見れば、目の前の結果は当然のことであった。骨折どころか打ち身すら相手に与えずに圧勝する。大人と子供ほど力の差がなければできることではない。

 それだけの力を今のドリーは備えていた。


「次は『内気功』に加えて『外気功』も使います。5人全員でかかってきてもらいましょうか」


「ぐっ!」


 最早ドリーの言葉を「高言」と受け取る人間はいなかった。反魔抗気党の5人は今度こそ命がけでドリーを倒そうと、悲壮な決意を固めていた。

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