第618話 これが一番手っ取り早い調査方法だろう。

「何だか頭の悪い話になってきたね」


 マルチェル、ドイル、ドリーの3人は練兵場にいた。

 議論の決着は戦ってつけるべしという、いかにも武ばった話の流れにドリーが流されてしまった結果である。


「こういうのは『フィールド・ワーク』とは呼べないんだがねぇ」


 荒事を嫌うドイルは口をとがらせてぼやいていた。

 当事者のドリーは何やら張り切っている様子で、ほおを紅潮させながら既に体をほぐしている。


魔動車マジモービルの旅で体がなまっていたからな。手合わせできるとなれば願ったりかなったりだ」


 アカデミーの教官を務めていたドリーは議論ができないわけではない。しかし、剣技に関わることとなれば百の議論よりも実際に剣を交えた方が早いと考えていた。

 その点ではシュルツ団長と思考が近いのだろう。


 小隊に分かれて訓練していた騎士たちが伝令を受けてぞろぞろ集まってきた。それを見て首を回し、手首を伸ばし始めたのは立会人のはずのマルチェルだった。

 ドイルがあからさまに顔をしかめた。


「いいかね。2人とも、ここへは調査のために来ているということを忘れるなよ?」

「もちろんだ。これが一番手っ取り早い調査方法だろう」


 開き直ったドリーの言葉に、「うんうん」とマルチェルが頷いた。その様子に、ドイルは唇をへの字に結んで天を仰いだ。


「整列!」


 副団長らしき人物が号令をかけると、団員が一気に集結し隊列を作った。その機敏さと行動の規律は、さすがは王立騎士団と思わせる見事さであった。


「団長に対して、傾聴!」


 副団長の号令に合わせて、シュルツが隊列の前に進み出た。


「休んでよし」

「休めっ!」


 団員総勢約200名の注目がシュルツ団長に集まった。


「諸君、客人を歓迎したまえ。サポリの町ウニベルシタス所属の3名である」


「だん!」と、団員が一斉に足を鳴らした。


「その内の1人ドリー女史は剣術と魔法の教官を務めておられる。皆も知る通り、ウニベルシタスでは魔法と共に『イド』という存在を攻撃や防御に利用する技術を教授している」


 シュルツは一旦言葉を切って、団員の頭に伝えた言葉の意味がしみ込むのを待った。体を動かす者はいなかったが、ドリーへの関心が高まったことが伝わってきた。


「3人の客人は心配しておられる。ウニベルシタスでの教授内容が我が王立騎士団において軽んじられているのではないかと。心配する背景にあるのは、当団員の間にある対立である。すなわち魔法肯定派と魔法反対派だ」


 この言葉を聞いても団員の表情は変わらなかった。


「訓練方法について意見を異にするのであれば、立ち合って優劣をつければよい。ドリー女史はそう言われた。わたしもそう思う」


 団員の中にかすかに表情を曇らせる者が出始めた。自分たちは立ち合いを命じられるのではないかと疑い出したのだ。


「ドリー女史はこうも言われた。議論ばかりしている王立騎士団は行儀見習いの集まりか、と」


 200人が息を飲んで表情を硬くした。声を上げる者がいないのは規律が行き届いているからだろう。目に見えぬ怒りが団員の間に膨れ上がっていく。


「ならば諸君、答えは簡単だ。お見せしようではないか! 我が王立騎士団が武を尊ぶ姿勢を! 剣に寄せる気概を!」


 キン!


 シュルツの腰で佩剣が音を立てた。目に留まらぬ速さで剣を鞘から20センチほど抜きかけ、素早く戻して鍔を鳴らしたのだ。


 ギィン!


 200の鍔鳴りが1つに重なった。


「反魔法派から5名の団員を選抜しろ。模擬剣の用意!」


 指示を受けた副団長が副官を走らせ、自分は団員の選抜を始めた。さすがは迅速行動を旨とする軍事組織である。たちまちの内に模擬戦闘の準備ができ上がった。

 5名の反魔抗気党メンバーは騎士団の制服の上に、革製の胸当てをつけ、皮手袋に籠手、すね当てを装着していた。

 騎馬訓練ではないためプレートアーマーを身につけている団員はいない。


「防具の必要はあるかね?」


 シュルツはドリーに尋ねた。


「いいえ。無用です」

「怪我が心配なら木剣での立ち合いとするが……」

「大丈夫です。体に刃が届くことはありませんから」


 ドリーは軽く微笑むと、模擬剣を手に取った。一振りくれると、無造作に放り上げた。


「何を――?」


 くるりくるりと回りながら模擬剣は高く宙を舞った。やがて、ドリーの頭上に落ちてきた。


 ガツッ!


 頭上10センチ、模擬剣は何かに当たったようにはじけ飛んだ。ドリーは何事もなかったかのように落ち着いた足取りで地に落ちた模擬剣に歩み寄り、柄を握って拾い上げた。


「ご覧のようにイドの鎧があるので、この体に刃が届くことはありません。――まあ、イドを使わなくとも触らせることはありませんが」

「ほう。大きく出たものだ」


 ドリーの言葉は大言壮語ではない。ギフト「蛇の目」を使用すれば、ドリーの眼は相手の攻撃意図を読み取れるようになっていた。ステファノが色の変化として感じるイドの動きを、ドリーは温度差として捉えることができる。


 ウニベルシタスでの訓練時はあえてギフトを使わずに、素の感覚を鍛えていた。精神攻撃やイドの無効化など特殊な状況に追い込まれた時でも、慌てず戦えるようにするためである。

 アランたち相手の訓練でドリーはを出したことがない。常に不利な条件を自分に課し、その状況で生き延びる戦いを想定していたのだ。半分の腕力しか出せない時。右目が見えない時。脚を怪我した時。


「失礼。口先よりも立ち合いで力を示せと言ったばかりでした」


 ドリーは模擬剣に歪みやひびができていないか確かめるために、もう一度素振りをくれた。


「相手となる反魔法派の団員を5名集めさせた。誰と戦うか選びたまえ」


 シュルツが5名の方を手振りで示すと、反魔抗気党の面々は気合を込めてドリーを睨んだ。


「折角です。端から順にお相手しましょう。まずは魔法とイドを封印し、剣技だけを以て立ち合います」


 ドリーはそう言って、爽やかに微笑んで見せた。

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