第620話 どうやら彼らは一卵性双生児のようだ。
「まだ続けるのかねぇ? 内気功だけでも2人相手に圧勝していたのに」
ドイルの声は気の毒そうな響きを帯びていた。これ以上は弱い者いじめになるのではないかと。
残された2人はうつむきがちに顔を伏せ、視線を交わしているようだった。試合放棄の相談でもしているようにドイルには見えていた。
「さて、どうでしょうか。あの2人は初めて相手にする団員ですね。戦いは数だけで決まるものではありませんが……」
マルチェルの目には2人が怖気づいているように見えなかった。それに、あの2人には何か気になるところがある。
「む? 彼らは――」
「同じ顔をしているね!」
ほぼ同時にドイルが声を上げた。
「身長、骨格、体重のバランス。どうやら彼らは一卵性双生児のようだ」
視覚から得た情報を素早く総合し、ドイルは2人が双子だという結論に達した。兄弟同時に入団したのだろう。それ自体は特に珍しいことではないが……。
「いいえ。観るべきは彼らのイドです。イドの量、密度までそっくりだとは」
「ああ、だから雰囲気が似ているのか。あれじゃあまるで――」
アバターが具現化したみたいだなと、ドイルは言いかけた。
「アバターとは似て非なるものです。第一に彼らのイドは制御されておらず、密度も荒く無駄が多い。あれでは
不思議なイドを持つ兄弟は「ギフト持ち」かもしれない。マルチェルはそう感じていた。
「それにしても興味深い。ゆらゆらと揺れ動くように姿を変えているのに、2人のイドは
(
ドイルが言い当てた違和感の正体にマルチェルが衝撃を覚えた瞬間、兄弟が動いた。
1人がドリーに向かって走り出す。
(挟み撃ちではないのか?)
2人しか残っていないとはいえ、数の利は騎士側にある。1人で襲い掛かる意味が知れない。
(1人で倒せると高をくくっているわけでもなかろうに。正々堂々、騎士道精神という奴か?)
「ふん。くだら――」
失望して遠当てを投げやりに放とうとしたドリーの目の前に、一瞬で騎士が迫った。
「なっ? くっ!」
凄まじい速さで突きが襲ってくることに気づいたドリーは、遠当てを取りやめてイドの盾を左手で繰り出した。
ゴンッ!
騎士とドリーの体格はほぼ互角。剣尖と見えない盾は互いに弾き合って、押し戻された。刺突の姿勢を取っていた分、騎士の方がバランスを崩している。
ドリーにとって畳みかける糸口に見えたが、騎士は巧みに身を翻し、ターンしながら後方に距離を取った。
(逃がさん!)
踏み込もうとしたドリーに、下がったはずの騎士が斬撃を放ってきた。
「何っ?」
ドリーの錯覚だった。兄弟が入れ替わって攻撃してきたのだ。外見だけでなく、まとうイドまでもそっくりな2人であった。
(糞っ、目くらましか!)
ドリーは頭上から来る斬撃に備えて、イドの盾を持ち上げて構えた。
(何だ? 遅い)
先程の刺突に比べて今度の斬撃は遅い。実際はさっきの突きが速すぎただけで、こっちの斬撃は並みのスピードだった。
(いずれにしても、これなら楽に受けられる)
ガゴッ!
「うっ!」
上段からの斬り下ろしは片手で放たれたにもかかわらず、2メートルの巨漢がロングソードを振り下ろしたほどの威力があった。
強く弾かれてドリーの左手が下がる。
苦し紛れに右手の剣を左上に跳ね上げたが、余裕をもって騎士にかわされた。
それはドリーの計算内だった。今のはけん制のために放った斬撃なので、かわされてもよい。ドリーは前に出した右足で地面を蹴って、後ろに下がりながら左半身となった。
息をつこうとしたドリーの前に、飛鳥のように騎士が飛び込んできた。
(また、入れ替わりか!)
どちらがどちらかわからないが、「高速で動ける騎士」と「剛力を持つ騎士」が入れ替わって攻撃してくる。
2人同時に攻めてこないのは「高速騎士」のテンポに「剛力騎士」がついて来られないためか?
(それにしても、鬱陶しい!)
見た目が同じであることがドリーの感覚を揺さぶる。「高速騎士」のスピードに合わせて防御すると、攻撃がなかなか届かない。その癖、見た目を裏切る重い剣が襲ってくる。
そうかと思うと、鈍重な攻撃の直後に瞬速の一撃が襲ってくる。1人の人間が自在にフェイントを繰り出してくるような感覚だった。
(数を減らしてやる!)
「剛力騎士」の斬撃は重いが、イドの鎧を破るほどではない。相討ち狙いで切り結べば、相手に十分なダメージを与えられるはずだった。
ガツ!
ドン!
鈍い衝撃と共に、ドリーは後ろに跳ばされた。
「剛力騎士」の背後から剣を差し出した「高速騎士」がドリーの斬撃を受け止め、「剛力騎士」の撃ち込みに合わせて自分の体重を預けたのだ。
2人分の体重が乗った「剛力騎士」の剣は、イドの鎧に阻まれつつも軽々とドリーを押しのけた。
体勢を崩したドリーは自ら転がって騎士たちから距離を取った。押されっぱなしで斬り合いを続けるのは危険だ。一旦、悪いリズムを断ち切ろうとしたのだ。
騎士側にとっては畳みかける好機だったが、ドリーの遠当てを警戒して飛び込むことを躊躇した。
土煙を立てて距離を取ったドリーは、片膝立ちとなって騎士の接近に備えていた。
「なかなか面白いことをやっていますね。『剛力』ギフト持ちと『高速』ギフト持ちの入れ替わりですか」
双子兄弟ならではのチームプレイと見て、マルチェルはその練度の高さを称賛した。
「そうだね。うまい協調だが……、何か引っかかる」
「どうかしましたか?」
変わった能力のサンプルとして双子を観察していたドイルは、納得がいかないという顔をしていた。たとえ武術に関しては素人であっても、この男が疑問を感じるからには何かがある。
マルチェルは戦いの行方に、ふと不安を覚えた。
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