第610話 ステファノはその時目覚めたんだ。
「当時の状況についてはステファノから聞き取りをした。瞑想法伝授と同時にギフトに覚醒。それからはあっという間に属性魔術に目覚めている」
<広がることを止めて、内なる光を見よ!>
<戻れ。戻れ。内へ、内へ。内なる中心に光がある。『それ』の本質は『世界』の本質である>
瞑想の中で、ステファノはその声を聞いた。声が『それ』と呼んだものはステファノという存在のことだった。
「内なる光とはイドのことだろう。それを悟った瞬間、ステファノはギフトに目覚めたと言っていた」
ステファノにイドの存在を教え、ギフトを得るきっかけを与えたものは誰なのか?
ステファノはマルチェルが暗示を与えて誘導してくれたものと考えていた。
「その『声』はわたしではありません。わたしは『世界』と『自我』を俯瞰する意識を喚起しただけです」
マルチェルはステファノにきっかけを与えたのは自分ではないと言う。
では、一体誰だったのか?
「僕はその声は
「そんな初期からアバターに出会っていたと言うのですか?」
マルチェルの問いかけに、ドイルは1つ頷いた後、左右に首を振った。
「出会ったというのは恐らく事実ではないだろう。ステファノはその時目覚めたんだ」
「そうですね。初めてギフトを自覚しました」
「そうじゃない。ステファノは
意味がわからず、マルチェルは首を傾けた。
「どういうことでしょう? わかりやすく言ってもらえませんか」
「意識を広げた世界の果てで、ステファノは自分の分身と出会ったのだと思う」
その分身こそが
「ステファノには最初から分身がいたということですか?」
「僕はそうだと考えている。アバターとはイドの本質である『無意識の自我』が人格化したものだと考えていたんだが、どうやら違うらしい」
「イドとは無関係だと?」
ドイルは、アバターとは本人とは別の人格だと主張していた。そうだとすれば、それはどこから来たのか?
「アバターは物質界の外、正確にはその外縁に存在していると思われる。物質界とイデア界の接点、つまり2つの世界の
「それで
「まあそうだ」
通常の魔法行使では術者が発するID波が物質界からイデア界に伝播し、因果関係に干渉する。干渉の内容は「術式」に定義されるイメージによって決定されるため、イメージが強い程術の効果が高まる。
しかし、ID波は一方通行であると同時に直線的にしか進まない。そのために魔法の効果は近接した場所でしか発生させられず、方向などの調整を後から行うことができない。
この事実が長い間魔術や魔法を近距離攻撃手段に限定してきた。
その限界を打ち破れるのは上級魔術師だけだったのだ。
「アバター保持者は魔法の限界を突破する。イデア界への介入をアバターに任せられるからだ」
2つの世界、その接点に同時存在するアバターはイデアを観測しながらID波を届けることができる。つまり、イデアを選択し、狙い撃てるのだ。
「アバターは
「それが上級魔術者の秘密だと言うのか……」
ドリーが唸った。
「そうだ。君の魔法は魔視脳覚醒により上級魔術者の領域にまで威力を強めた。それはID波の強度が向上したせいだ。だが、それでは上級魔術者には届かない。自由度においてアバターを持つ者には及ばないんだ」
ドイルは冷酷に事実を告げる。それがドリーの希望を打ち砕くものであろうとも、科学者は真実を追求する者なのだから。
「それでは……一体どうすればわたしは上級魔術師になれるんだ? どうやったらアバターを手に入れられる?」
懇願するようなドリーの様子に、ドイルは一瞬だけ痛みを表情に見せた。
「――不可能だ。私はそう信じている。なぜならばアバターとは
「思念体双生児」と、ドイルはそれを呼んだ。
肉体の誕生と共に個人と同一の精神的構造を持つ思念体が、
物質界の個人が成長すると共に、思念体双生児の片割れであるアバターも世界の果てで成長する。思念体双生児同士は特殊な結びつきを維持しており、ID波を飛ばせるようになると互いの存在を認識できるようになる。
それは「共鳴」のような現象であった。
一度リンクを結び互いを認識し合えば、術者とアバターは知識と経験を共有し合える。
それがアバターの生成原理だとドイルは言った。
「思念体双生児は極めてまれな現象だと考えられる。おそらくヨシズミの世界にはなく、この世界特有の現象だ。なぜ発生するかは、僕にもまだわからない」
「後天的にアバターを獲得できないと断定する理由は何だ?」
爪をかみながらドリーが質問した。どうにかして可能性にしがみつこうとしているのか?
「アバターを得てから、ステファノ本人と
「他にもあるのか?」
「
「他には?」
「ステファノはアバターとギフトを同時に覚醒させている。どちらも先天的なものだったと考えるのが自然だ。これについてはサンプルが1つと少ないがね」
次々と根拠を上げるドイルに、ドリーは自分から追いつめられていくようだった。
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