第611話 だったらそれを目指したまえ。

「すべては生まれつき決まっているということか。わたしの努力は無駄だった」


 ドリーは拳を握り締めた。


「それもまた愚かな発言だね。先天的な特質差などどこにでもある。背が低く生まれたことを絶望しても仕方ないと思うがね?」


 馬鹿々々しいと、ドイルは肩をすくめた。


「あなたにとってはどうでも良いことだろう。だが、わたしにとっては生涯の目標だったんだ!」


 ドリーは唾を飛ばして、言い返した。


「だとすると、目標設定を間違えていたということだね」

「簡単に言ってくれる」


 噛みつくようなドリーの視線を受けても、ドイルの態度は変わらない。むしろ面白がっているようにさえ見えた。


「君は『双子に生まれたい』という目標を立てていたわけだ。それは無理筋だとわかるだろう?」

「……」


 おちょくるようなドイルの言い方に、ドリーの眼に怒りの炎が揺らめく。


「ならば、目標を修正するべきだろう。君が考える上級魔術師とはそもそも何なのだ?」

「上級魔術師とは――魔術師の最高峰だ!」

「だったらそれを目指したまえ。実に簡単な話だ」


 ドイルは真剣だ。本気でそう考えていた。

 彼自身がそうやって生きてきたのだ。


 選んだ道が行き止まりだった。信じた人に裏切られた。取り返しのつかない過ちを犯した。


 それがどうした。そこで歩みを止めるのか?


 道を変えればいい。踏み越えればいい。やり直せばいい。

 当たり前のこと。それだけの話だ。


「要するに、やる気があるかないかだけの話だ。君の感情を言語化すれば、『今からすべてをやり直すのは大変なのでやりたくない』と言っていることになる。違うかね?」

「くっ……!」


 言い返せなかった。その通りだということは考えるまでもなく、苦い味となってドリーの口中に満ちていた。


「まあ、同情はするがね。アバターが思念体双生児だというのは、僕にとっても驚くべき事実だ。衝撃を受ける魔術師がいても仕方がない」


 そこまで言ってドイルは声の調子を変えた。


「だが――君はを目指したのではなかったかね?」


 はっとドリーは顔を上げた。


「魔法師とは何か? 君は真剣に考えたことがあるかい?」


 魔法師とは、世界に法則を見出し、その法則に寄り添いつつ因果を望む形に改変する者。

 魔法師とは、因果の改変にあたり可能な限り世界の秩序を保とうと努める者。


「魔法師とは、科学に秩序ある意志を持ちこむ者だ。僕にとってはね」

「秩序ある意志……」

「そう。科学者である僕にとってはうっとうしい存在なんだが、ぎりぎり許容範囲という所かな」


 絶対不変の前提は「法則」であり「秩序」だ。つまり「科学」なのだとドイルは言う。


「ネルソンは治療魔法という独自の魔法を創り出したよ。どんな上級魔術師にも真似できないことだ」


 そもそも上級魔術師たちは「破壊」の術しか生み出していない。

 それがドリーの目指すものか?


 最大の破壊をもたらす魔術を生み出したいのか?


「わたしは! ――わたしは人を守り、世の中の安全を守りたい」


 ドリーは自らを武人だと思っていた。しかし、それは武の道を究めたいということであって、戦争で人を殺したいわけではない。魔法も強くあるための術として頂を目指していた。


 何のために強くありたいのか?


 ステファノと出会い、そのことを考えるようになった。それまではただ強くありたいとそれだけを考えていた。

 強くなることに理由が必要だとは考えなかったのだ。


 大切な人を守るためとステファノは言う。あいつらしく謙虚で気負いがない理由だ。

 自分はどうだろう。多分同じだと思う。しかし、それだけでもないようなむず痒さが体の芯にある。


 どうやら自分は秩序の維持者でありたいらしい。家族、知人だけでなく、見も知らぬ他人の安全さえも守る存在でありたいらしいのだ。


(格好つけの偽善者だ。とんだ正義漢面の道化者だ)


 自分で自分が恥ずかしくなるが、それがドリーの偽らざる気持ちなのだ。


「結構。好きなだけ守り給え。君にはその力があるだろう」


 ドイルの返事にはまったく屈託がない。理の当然と思うことを語っているだけだ。


「さしずめ君は『誰よりもうまく守る人』になりたいのだろう。そうなればいいさ」

「そんな簡単に……」

「目標とはできるだけ簡潔に、そして正確に定義すべきものだ。覚えておくといい」


 ドイルの価値観は独特であったが、評価そのものは常に客観的だ。彼の眼から見ればドリーの悩みなど悩みとは呼べないのだろう。


「『誰よりもうまく守る人』か……」


 口にしてみると、確かにそれが自分の理想である気がした。


「そうだな。わたしは守護者プロテクターになろう」


 ドリーは静かに宣言した。

 誰を、何から守るのかもはっきりしていなかったが、それは自ら明らかになるという気がした。


「ふむ。おめでとう。目標再設定が終わったところで、アバターの話に戻っていいかね?」

「まだ何かあるのですか?」

「君には知的好奇心というものがないのかね、マルチェル? 思念体双生児であるアバターがなぜ魔獣のような外見をして、存在感を誇示するのか? 疑問に思わないかい?」


 虹の王ナーガは認知された当初から強大な外見と迫力を有していた。能力は術者本人と共に成長するものでありながら、見た目と存在感は初めから巨大だった。


「そうですね。ギフトが発現したてのステファノなど、まだまだひよっこでした。その時から海の巨獣レヴィアタンと同視できる虹の王ナーガがアバターとは、随分先走った話ですね」

「そうそう。マルチェルの言う通りなんだ。結局『先走り』なんだよ」

 

 アバターの外見と印象は「かくあるべし」と術者が信じる「能力の可能性」を具現化したものだ。

 ドイルはそう言って、頷いた。

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