第590話 見たことのない道具だ。
「うーん。隠形五遁の術を使ってくるとは思わなかった」
ステファノは内心意表を突かれていた。
自ら文献を掘り起こし、断片的な記録から想像を交えて再現した五遁の術である。他の出場者がまねをしてくるとは予想していなかった。
(いや、まねといえば俺自身が物まねか……)
インディアナはステファノの研究報告を分析し、おぼろ影の術を会得したのだった。彼女もまたただ者ではない。
さすがにイドの制御を極めるにはヒントが少なく、期間も短すぎた。遁術は逃走・かく乱の手段としては優れているが、戦闘の手段としては決め手に欠ける。そこに彼女のミスがあった。
インディアナは戦術の組み立て方を誤っていた。
(しかし、世間は広い。何が飛び出すか、その時になってみないとわからない)
自分にできることは相手にもできる。むしろ自分以上に優れていると想定しておかないと、いきなり足をすくわれることになるとステファノは己を戒めた。
(魔法も、武術も、そしてイドの制御もだ。ああ、魔道具もか)
王立アカデミーにはそんな人材はいなかった。しかし、現にインディアナは使い手がいないと思っていた「おぼろ影の術」を使って見せた。
ならば、イドの制御に熟達した者がいてもおかしくない。そして、イドの制御の延長には魔法付与術がある。
「もし、そういう相手と当たったらどうすればいい?」
控えの座にすわりながら、ステファノは考えにふけった。
◆◆◆
4回戦目が準々決勝だった。この辺からはどの出場者も王国を代表する実力を持っている。今まで以上に気の抜けない戦いとなるはずだった。
前方の開始線にはステファノよりも小柄な男が、ガル老師の告げる試合開始の合図を待っていた。年齢は見たところ初老に差し掛かっていそうだ。
ダルマンというその相手は近眼らしく、珍しく眼鏡をかけていた。髪は遠目でグレーに見えたが、白髪交じりの黒髪なのだろう。
右手に下げている銀色の筒は魔力発動体か? 杖にしては短すぎ、こん棒にしては重さが足りないようだ。
(見たことのない道具だ。遠距離攻撃を警戒しておこう)
ステファノはいつものように「ヘルメスの杖」を右手に携えている。
ダルマンが持つ武器は「
彼もまた、アカデミー生でありながら前例のない魔道具を生み出すステファノの業績に注目していた。
(魔道具を創り出せるのはお前だけではない。魔筒の威力を見せてやろう)
ダルマンは魔筒のグリップを握り直した。
「始め!」
ガル老師の手が上がり、試合が始まった。
がんっ!
(――えっ?)
気がつくと、ステファノは尻もちをついていた。周りの音が遠のき、綿の塊に頭を包まれているような感覚がある。
(ひょっとして頭を撃たれた?)
ダメージを探るよりも先に、ステファノは体の前面にイドの盾を厚く作り出した。
ごんっ!
重い音がして、何かの塊が地面に落ちた。
(あれは鉛の塊か? ダルマンが撃ってきた物だ)
イドの盾に当たって潰れたのだろう。ひしゃげた形で地面に転がっている。
生身の体に直接あれを受けていたら頭を吹き飛ばされていたろう。
手で触れてみると、額に傷はなく、痛みも残っていない。兜の上から殴られたようなもので、傷はなくても脳震盪を起こしたようだ。
「霧隠れ!」
ステファノは競技場全体を霧で覆うと、靴に魔力を送って
地面から両足が離れると同時に、ヘルメスの杖を前方に向けて水平に構えていた。
(光龍の息吹!)
パルスレーザーが霧を貫いた。狙いはダルマンの左脚。
霧に覆われた試合場の中で、ステファノの第3の眼はダルマンのイドを映像として捉えていた。
じっ!
「うわっ!」
光線がダルマンの太ももを焦がし、相手は悲鳴を上げながら倒れた。それでも左手で傷口を押さえ、土魔術で圧迫止血しながら右手の「魔筒」を持ち上げようとする。
「熱っ!」
ステファノが放った2発めの光線が、ダルマンの右手首を焼いた。ダルマンはたまらず魔筒を取り落とした。
ダルマンが無事な左手を太ももの傷から離し、魔筒に伸ばそうとした瞬間、魔筒から真っ白な炎が上がった。
(鬼火の術!)
炎は一瞬で収まり、その後は魔筒全体が白く光りながら熱を発して溶けていった。
ダルマンが視線を上げると、薄れかけた霧の中で長杖をこちらに向けて構えるステファノの姿があった。
「――棄権する」
ダルマンは伸ばしかけた左手を引き戻し、肩の高さに掲げた。
「勝者、ステファノ!」
ガル老師がステファノの勝利を宣言した。
◆◆◆
(危なかった)
ダルマンは試合開始早々、無詠唱で高速の鉛玉を飛ばしてきた。発動の速さではヨシズミにも迫るほどで、ステファノがこれまで対戦した相手の中で最速だった。
手に持った筒は遠距離攻撃用の魔道具だろうと予測していたが、あれほどの高速射撃を繰り出してくるとは。
(あれはただの土魔術じゃない。さらに推進力を足している。おそらくは空気の爆発か?)
さらにダルマンは魔筒の内側に真空を創り出し、鉛玉の空気抵抗をなくしていた。飛び出す鉛玉はそれ自体が魔術発動体であり、飛びながら前方に真空を次々と創り出していた。
ステファノのイドの鎧は鉛玉を受け止めたが、膨大な慣性を跳ね返すことができなかった。
(それでも飛んできたのが鉛玉で助かった。あれが光龍の息吹だったら、俺は死んでいた)
イドの盾であっても「光線」は止められない。イドの容器に熱した空気を閉じ込める「おぼろ影」を上手く使えばレーザー光を屈折させて身を守ることができるかもしれない。
だが、さしものステファノも命がけで実験するつもりにはなれなかった。
考えれば考える程危なかった。ステファノは背筋に冷や汗を流しながら、震える息を何とか整えた。
(もう出し惜しみはできない。「蛇の巣」を使おう)
青ざめた顔で、ステファノは切り札を使う覚悟を決めた。
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