第582話 奴は――トゥーリオは苦しんだか?

『そうですか。クリードさんを見つけたんですね』

『どちらかと言うと、こっちが見つかった』

『それで明日連れて来ると?』

『ヤンコビッチ兄弟討伐の様子を聞きたいそう』


 クリードと出会った日の夜、サントスはステファノに遠話をつないだ。ステファノの声には困惑した響きもあったが、この対面を予期していたようにも聞こえた。


『サントスさん、場所を借りて良いですか?』

『うん? うちの店?』


 サントスにとってはその方が便利だ。ウニベルシタスまで往復する手間が省ける。


『俺は良いけど』

『少人数の方がいいと思うんです』

『そうか』


 クリードがどのような反応をするか予想がつかなかった。動揺して取り乱すのか、あるいは激怒して暴れ出すのか?

 何か起きた時周りに人がいない方が良い。ステファノはそう考えた。


『マルチェルさんと俺の2人で行きます』

『わかった。サポリに近づいたらまたかける』


 そういうことなんだなとサントスは納得した。マルチェルとステファノが一緒にいれば、何が起きても抑え込める。

 2人は討伐の当事者でもある。


『サントスさんは、できれば席を外してくれますか?』

『構わない。聞きたい話じゃない』


 悪党とはいえ人間を2人殺したという報告だ。興味本位で聞く内容ではなかった。


『それじゃあまた明日』

『じゃあな、ステファノ』


 サントスは魔耳話器まじわきをダブルタップして遠話を切った。


(他人の悩みにまでつきあっていたら体が持たないぞ、ステファノ)


 ときどき自分よりも生き方が不器用に見える友のことを想い、サントスは胸がもやもやとした。


 ◆◆◆


 翌日、サントスの店にクリードとステファノ、そしてマルチェルの姿があった。


「わたしはネルソン商会のマルチェルと申します。われわれに聞きたいことがおありとか?」

「クリードだ。早速だが、ヤンコビッチ兄弟を討ち果たした時のことを教えてくれ」

「俺が――俺が偶然出会ったんです」


 落ちくぼんだ眼でクリードが見つめる中、ステファノはヤンコビッチ兄弟との出会いを語った。

 ゴダール一座という旅一座にアーチャーという偽名で紛れ込んでいたこと。馬車旅の途中体調を崩したアーチャーのために、粥を作ってやったこと。アーチャーが異常な精神をしていることに気づいたこと。


「それで似姿を描き、探してもらいました」

「ああ、あれはお前が描いたものだったか。確かによく似ていた」


 ステファノが似顔絵を描くところをクリードは見たことがある。自分たちが乗り合わせた馬車を襲ってきた山賊の首領をあの時は描いて見せたのだった。


「トゥーリオたちの捜索はギルモア家の手の者にさせました」


 ステファノの話を引き取ったマルチェルを、クリードは探るように見た。


「マルチェルと言ったな。それは『鉄壁』と呼ばれる男のことか?」

「古い呼び名ですが、わたしのことです」

「そうか。あの鉄壁があいつらの死を見届けたのか」


 そう言いながら、クリードは握り締めた右手の震えを左手で抑え込むように包んだ。


「討伐に当たったのはわたしとステファノの2人です。弟のミケーレはわたしが打ち殺しました」

「トゥーリオを殺したのはどちらだ?」

「わたしです」「俺です!」


 クリードの問いに、マルチェルとステファノが同時に答えた。


「われわれ2人の攻撃が同時に当たりました。どちらも致命傷だったでしょう」


 マルチェルは討伐の状況を語った。トゥーリオがギフト「陽炎かげろう」を用いていたこと。殺したテレーザの死体を盾にしていたこと。自分はテレーザの死体を突き飛ばし、正面からトゥーリオを攻撃したこと。

 同時にステファノの遠当てが雷気をまとってトゥーリオを襲ったことを。


「そうか。トゥーリオの体は黒焦げになっていたそうだな」


 ポンテの衛兵詰め所で聞き込んだことであった。顔と両手以外、トゥーリオの上半身は焼け焦げて炭に覆われていたと。


「奴は――トゥーリオは苦しんだか?」

「わたしのひじ打ちがトゥーリオの心臓をつぶしました。即死だったでしょう」

「そうか……。運のいい奴だ」


 クリードは震える手で顔を覆った。


「――9年。意味のない時間を過ごした」


 声に籠った想いは後悔なのか、悲しみなのか。それとも諦めだったか。


「俺にはわかりません」


 唐突にステファノが声を上げた。


「クリードさんが自分の手でトゥーリオを殺していたら、その9年は報われたことになりますか?」


 結果が行為の価値を決めるのか? ステファノはそうクリードに問うていた。


「『行いが人の価値を決める』とある人に教えてもらいました。俺はそれを信じています。トゥーリオをその手で殺したとしても、あなたの9年の意味は変わりません」


 その9年を選び、生きてきた意志こそがクリードの価値を決めているはずであった。


「俺に、俺の行いに価値などあるものか!」


 クリードは顔を上げ、充血した目をステファノに向けた。


「この世の害にしかならないトゥーリオを、この手で殺してやりたかっただけだ……」

「だったら、意味のない9年を選んだということでしょう。悔やんでも仕方ありません」

「何だと!」


 突き放すようなステファノの言葉に、クリードは食いついた。


「俺は飯屋の下働きを9年勤めました。毎日が嫌で仕方なかった。その生活から逃げ出して今の自分があります」


 ステファノは「自分の9年」について語り出した。

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