第581話 アートとは芸術のことか?

「ステファノ……飯屋のせがれだと?」


 クリードはかつて短い間行動を共にした田舎臭い少年のことを思い出す。魔術師になることを志して、まじタウンに出てきた少年のことを。


(ネルソン商会に雇われたのだったか――。む、ネルソン?)


 記憶をよみがえらせていたクリードが、目を見開いた。


「ギルモアの獅子! ステファノが持っていた!」

「あれ? あいつに会ったことある? グレーの髪、青い目。ちょっと小柄でひょろっとした……」


 急に声を上げたクリードの様子を見て、サントスはステファノと面識があるのかと驚いた。


「あいつは望み通り魔術師になれたのか……」

「1年前、ギルモア家の肝いりで王立アカデミーに入学。俺はそこで知り合った……」


 今日1日は中継器ルーター設置を繰り返す作業が続く。先はまだまだ長かった。

 気を紛らす世間話のつもりで、サントスはステファノとの出会いを語った。


「目端の利く奴とは思ったが、たった1年で魔術を極めるとは」

「王国魔術競技会では準優勝」


 何でもないことのようにサントスが言った。ステファノならば当たり前のことだと言わんばかりに。


「それでは本当に、あのステファノがヤンコビッチ兄弟討伐メンバーの1人なのだな」

「ネルソン商会に雇われた飯屋のせがれは、あいつ1人?」

「あいつは今、どこで何をしているのだ?」


 ステファノがどうしてヤンコビッチ兄弟を討伐することになったのか、クリードには想像できなかった。


「話せば長くなる。あいつは今ウニベルシタスにいる」

「それは何のことだ?」

「一言では言いにくい――」


 クリードの問いに応える前に、サントスは深く息を吸い込んだ。


「ウニベルシタスとは、『アート』を万人に解放する場所、らしい」


 サントスはアートという言葉に強調を加えて、言った。


「アート……。アートとは芸術のことか?」

「えーと、これは受け売り。アートとは技能であり、流儀である。そしてそれらを支える知識なのだ、と」


 芸術も美や工、音楽、文芸といった「技術」として、解放の対象としてのアートであった。

 

「メシヤ流……」

「アートの解放を『ルネッサンス復興』と呼び、魔法と科学の融合を目指す」


 サントスの説明はクリードの頭を素通りしていく。言葉は理解できても、それが自分にとって何を意味するかを考えることができなかった。


「まるで祈りの言葉を聞いているようだ」

「ああ、そう。実際の行動を見ないと、わからない」


 簡単に言ってしまえば、ウニベルシタスとは「学校」のことだ。サントスはそう説明した。


「能力さえあれば誰でも入れる。16歳未満という年齢制限」

「学校か。一体何を教える?」

「乱暴に言うと『科学と魔法』」

「アカデミーと似ているのか?」


 サントスに問いかけるというよりも、自問するようにクリードはつぶやいた。頭の中の大半はヤンコビッチ兄弟の死という事件に振り向けられていたが、その実行者としてステファノの現在を理解しようと努力していたのだ。

 田舎町出身の少年が1年で凶悪殺人犯の討伐者となった。ステファノに一体何が起こったのかと。


「ウニベルシタスはまだ開校前。アカデミーとは全く別物のはず。似ているのは表面だけ」

「ウニベルシタスの何が特殊なんだ?」


 自分が見聞きした範囲だがと、サントスは前置きしてウニベルシタスの特徴をクリードに語った。


 恐らく貴族の比率が低くなるだろうこと。これは攻撃魔術を教えないこと、政治学、兵学、神学、歴史など治世術に寄与する学問を取り扱わないことによる。貴族が学ぶべきメリットがない。


 ウニベルシタスの教える科学が産業の勃興を想定していること。これは平民階級を対象とした内容だった。


 最後に、教科に含まれる武術はギフトの存在を前提としないこと。ウニベルシタスではギフトも魔力も持たない者に一人前の武力を与えるカリキュラムを構成する。ギフト持ちを輩出する貴族階級にとっては魅力が乏しいと思われた。


「ギフトを使わぬ武術か……」

「そう。あそこでは『イドの制御』を基本として教える」

「イドだと?」


 武術者はそれを気功と呼ぶことがある。サントスはそう説明した。


 ウニベルシタスでは武術者の卵も、事業家の卵も、そして魔法師の卵も等しくイドの制御を学ぶことになる。それは誰にでも備わった素質であり、彼らはそれを開発する訓練体系を持っていると。


 内気功を鍛えれば身体能力が向上し、外気功を鍛えれば武技の威力が増す。二つながらに備えれば、肉体を超える技を示すことができる。


「そして魔法師はイドの制御を通じて世界の法則に近づき、それを利用するのだそうです」

「ステファノはそれを学んだのか?」

「今は教える側」

「むう。1年でそこまで成長したか」


 クリードは遠くを見る目をしてつぶやいた。


「久しぶりに会ってみたいな」


 その言葉が唇を突いて出た。ヤンコビッチ兄弟の最期を聞き取るという妄執は、その一瞬クリードの頭から消えていた。

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