第580話 アレは『飯屋のせがれ』だ。

「えっ? 何する?」


 斬りつけられる恐怖を覚えて、サントスはのけ反りながら後ずさった。


「はっ! す、すまん。危害を加えるつもりはない。話を、話を聞かせてくれ!」


 剣士は剣の柄から手を離し、太ももに擦りつけた。よく見ると、小刻みに手が震えている。


「俺はサントスという商人です。あなたは?」

「俺はクリード。護衛や用心棒の仕事をしている」


 ようやく互いに名乗り合い、サントスはどうやら危険はなさそうだと判断した。ギフト「バラ色の未来」がそう告げている。

 放り出してしまった水筒を拾い上げ、サントスは剣士クリードに声をかけ直した。


「立ち話もアレですから、座りましょう」


 自分から草むらに腰を下ろし、横にすわったクリードに水をすすめる。クリードは素直に水筒を受け取って、のどを潤した。


「あの紋章はネルソン商会から預かっているものです。俺自身はギルモア侯爵家とは縁がありません」

「ネルソン……」


 水筒を返しながら、クリードは呆然とネルソンの名を口にした。

 その目はサントスを見ていない。


「ええと、そのヤンコビッチ兄弟がどうかしたんですか?」

「ヤンコビッチ兄弟は俺の家族を殺したかたきだ」


 クリードは感情の抜け落ちた声で言った。


「ギルモア家所縁の者が2人を討ち果たしたと聞いた。俺はそいつらに話を聞きたい。兄弟はどうやって死んだのか?」

「それを聞いてどうするんですか?」

「……わからん。この手で奴らを殺すことだけを考えて生きてきた。どうしていいか、俺にはわからない」


 クリードは両手で顔を覆った。

 サントスは、逞しい剣士の肩が小刻みに震えているのを見た。


(復讐か。このままではこの人にとっての「終わり」が来ないのか……)


 クリードは結末のない悪夢の中にいた。夢から覚める方法がわからないまま。

 誰かが朝の訪れを知らせぬ限り、クリードの悪夢は終わらないのかもしれない。


「わかった。ヤンコビッチ兄弟を討伐した人たちに会わせる」

「知っているのか?」


 両手を顔から外し、食いつくような眼でクリードはサントスを見た。


「一緒に来てくれれば2人に合わせる。但し、仕事があるのですぐには行けない」

「仕事とは?」

「今日1日、街道沿いに魔道具を設置する」


 サントスは物入れから中継器ルーターを取り出して見せた。


「3キロ毎にこいつを立木に打ち込む」

「それが魔道具なのか?」

「これを作った奴がヤンコビッチ兄弟を討伐した連中の1人」

「魔術師か……」


 クリードは唸るように言った。

 トゥーリオ・ヤンコビッチを倒すことを、来る日も来る日も考えてきた。自分のような剣士は近づかなければ武器が届かないため、トゥーリオに気づかれやすい。

 討伐するなら魔術師の方が有利ではないかと推測していた。


 クリードは震える両手を握り締めた。


「うーん。魔術師、いや魔法師? そんな肩書、あいつに似合わない」


 サントスは草むらから立ち上がり、両手を上げて背伸びをした。


「アレは『飯屋のせがれ』だ。変わり者の」


 意味がわからずに固まっているクリードを横目に見ながら、サントスは魔動車マジモービルの運転席に納まった。そして、自分の隣の席をポンポンと叩く。


「乗って。仕事を再開するんで」

「あ、ああ」


 服の汚れを払って、クリードは魔動車マジモービルの助手席に上がってきた。


「じゃあ、動かすよ? この車もそいつが作った魔道具」

「何? この車? うっ!」


 魔動車マジモービルがガラガラと走り始め、クリードは大きく揺られて舌をかみそうになった。


「悪い。揺れを少なくする仕掛けを仕込んだけど、まだ試作品」


 今日の部品ははずれだったとサントスは頭をかいた。

 

 魔動車マジモービルのスピードは精々時速30キロだが、それでも通常の馬車よりも速い。舗装もない泥道を走るにしては。


「この車は……魔力で動いているのか?」

「そうらしい。土魔法?」


 馬とは違い、休ませる必要がない。水を飲まず、まぐさも食わない。ついでに糞も落とさない。


「お前もその『魔法師』とやらなのか?」

「俺? 俺は違う。ただの技師」


 ただの技師が魔道具を操るとは。世の中は知らぬ間に変わっていたようだとクリードは考えた。

 数分後、サントスは魔動車マジモービルを街道の脇に寄せた。


「ごめん。ちょっと仕事」

「うん?」


 それ以上の説明をせず、サントスは草むらに入っていった。


軽身かるみの術」


 10メートルほど先でそう声に出すと、するすると立木に登っていく。クリードの目には、サントスが猿のように身軽に見えた。

 木の上で小物入れをまさぐっているのは、先程見せた釘を取り出しているのだろう。


「鬼ひしぎ」


 手袋をした手を木の幹に当てて、つぶやく声が聞こえてきた。


「軽身の術」


 地面に降り立ったサントスはもう一度先ほどと同じ術名を声に出す。

 わずか1分ほどでサントスは作業を終えて魔動車マジモービルに戻ってきた。


「お待たせ」

「魔術を……使っていたようだが?」

「へっ? ああ、違う。魔道具」


 サントスは靴と手袋をクリードに示した。


「魔道具が3つだと? 随分懐が豊かなのだな」

「ははは。売れば大金持ち? あいつにそんな欲はない」


 魔動車マジモービルを始動しながらサントスが笑った。


「あいつ? あいつとは誰のことだ?」


 魔道具を作った人間がヤンコビッチ兄弟討伐メンバーの1人だと、サントスは言った。どこに行けばその人間に会えるのか? 一体、どこの誰なのか?


「ステファノ。俺の仲間で、飯屋のせがれ」

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