第579話 あいつも身内を殺された人間だろうか……?
「この、討伐の様子を詳しく教えてくれ」
「さあな。そこに書いてある以上のことはわからん」
「ならば、せめてどの町で討伐されたかはわからないか?」
「……面倒くさい奴だな」
ぶつぶつ言いながらもクリードの表情が切羽詰まったものであると知り、衛兵は手配書を持って同僚たちの所へ行った。
二言、三言小声で会話した後、クリードの所に戻ってきた。
「待たせたな。わかったぜ。兄弟が討たれたのはポンテの町だ」
「ポンテ……。どの辺にある町だ?」
「ここから北に100キロくらいの所じゃないか。待ってろ。地図を持ってきてやる」
クリードの顔を見て余程の事情があるのだろうと衛兵は推測した。始めこそ迷惑だと思ったが、今は手助けしてやる気持ちになっていた。
「えーと、ポンテは……これだ。地図は読めるか?」
「大丈夫だ。この辺りなら行ったことがある」
クリードは衛兵に礼を述べると、詰所から去った。
後姿を見送った衛兵は何とも言えぬ思いで口元を歪めた。
「あいつも身内を殺された人間だろうか……?」
殺人者は被害者ばかりではなく、身内の心まで殺す。とうに死んでいるはずの心は、じくじくといつまでも血を流し続けるのだ。
衛兵は深いため息をついた。
◆◆◆
(この木にしよう)
サントスは街道をそれた草むらに
「
声に出して宣言すると、足の裏がすうっと軽くなる。手を伸ばして枝を掴み、そのままするすると登っていった。
サントスは地上4メートルの梢に身を置いて、物入れから鉄釘を取り出した。
ステファノから預かった
木の幹に先端を押しつけ、手袋をした親指で鉄釘の頭を押さえる。
「鬼ひしぎ!」
力を籠める必要はないのだが、つい宣言の声が大きくなる。キュッと音を立てて、鉄釘は立木の幹に潜り込んだ。
(これでよし、と)
サントスは木の幹を蹴り、ふわりと地面に降り立った。
「軽身の術」
荷物を背負わされたように本来の重みが帰ってくる。
「こんな物、人に見せたら下手すりゃ殺し合いになるぜ」
オークションに出したらいくらの値がつくかわからない。国宝級の魔道具に匹敵するだろう。
思わず首にかけた
(こっちも大概だがな)
剣も矢も効かず、上級魔術でさえ跳ね返す。ステファノは平気な顔でそう言った。
(こいつがあれば、誰でも魔術競技会で優勝できるんじゃねえか?)
首を振り振り
(いけねえ。人が来るとは気がつかなかった)
いつもは通行人が去るのを見届けてから草むらに入るのだが、うっかり注意を怠ってしまったようだ。
「こんにちは」
相手の出方をうかがおうと、サントスは前髪の下の目を鋭くした。
「お前の物か?」
挨拶どころかサントスの顔を見ようともせず、背の高い男が言った。
長い黒髪に彫りの深い顔。背中に背負った両手剣が不気味だった。
若い男の目線はサントスの
「はい。それが何か?」
見知らぬ他人との会話はつらい。サントスは男との間に
「ギルモア家所縁の人間か?」
相変わらず視線を動かさぬまま、男は質問を重ねた。
何でもない言葉だったが、サントスは居心地の悪さに身じろぎした。じわりと背中に汗をかく。
「いや、特に――」
関係はないと言いかけて、サントスは男の目線の先にあるものに気づいた。
(メシヤ流の紋章!)
「それは……メシヤ流という集団のものです」
「メシヤ流? 聞かぬ名だ」
独り言のようにつぶやき、剣士はようやくその目をサントスに向けた。
「お前はその1人か?」
「俺は……違う、と思う。取引はあるが……」
サントスの立ち位置は微妙だ。ウニベルシタスの関係者と言えるが、さりとてメシヤ流の一員ということでもない。答えは歯切れの悪いものになった。
「違うのか? ヤンコビッチ兄弟という名を知っているか?」
「それは……。あなたは誰ですか?」
兄弟の手配書を大量に印刷したのはサントスである。その後マルチェルとステファノが2人を討伐したことも知っていた。
情報伝達の遅いこの世界で、この剣士はなぜそれを自分に聞いて来るのか? いったい何を知っているのだろうか。サントスは急に不安になった。
「俺? 俺は何者かだと? 俺は――」
剣士の声は次第に小さくなり、最後には顔を伏せて聞こえなくなった。
(この人は……心を病んでいるんじゃないか?)
「大丈夫ですか? 休んだ方がいいんじゃないですか?」
サントスは
すると、男が急に顔を上げ、充血した目をサントスに向けた。
「教えてくれ。ヤンコビッチ兄弟はどうやって死んだ?」
そう言いながら、男の右手は背中の剣を掴んでいた。
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