第578話 それなら魔法具を渡しますよ。
「わかりました。それならサポリに近い街道をサントスさんに割り当てるように、お願いしておきます」
「うん。助かる」
サポリ周辺での作業を担当していれば、何かあっても比較的に短時間でサポリに戻ることができる。
サポリは南を海に面している。北への街道は
「始めに東。次に西に行く」
「西は100キロ行けば海岸が尽きて、行き止まりですね。東方面はやがて南北にも開けますが、サポリから100キロ圏内の街道をカバーすれば十分じゃないですか?」
「そうだな。初期の目標はそれで行こう」
徒歩で100キロを進むには3日か4日かかる。しかし、
10日くらいの留守なら、取次だけを行う留守番がいれば用が足りるはずだった。
「中継器は100個あれば足りると思います。余裕を見て200個渡しておきましょう」
といってもただの鉄釘である。200本では小袋1つにしかならなかった。
「これを立木か家屋根に打ち込んでください」
「うっ。高い所か。ちょっと苦手」
「そうか。土魔法で跳び上がるわけには行きませんよね。それなら魔法具を渡しますよ」
ステファノはサントスに手袋と靴を持って来させた。それぞれに手をかざし、魔法を付与する。
「この靴を履いて『
「それだけで魔法が使えるのか?」
「魔法を付与しましたからね。試してみてください」
「軽身の術!」
トンと床を蹴っただけで、サントスは天井まで跳び上がった。
「うわっ!」
慌てて天井に手をつくと、勢いをふわりと和らげることができた。
床への着地も衝撃は小さかった。
「軽身の術」
立っていてもふわふわして落ち着かないので、サントスはすぐに術を解除した。
「こっちの手袋には『鬼ひしぎの術』を籠めてあります」
「何だその術は?」
「ハンマーの代わりだと思ってください。触っている物を強く押し込みます」
鉄釘の頭に指を載せて、「鬼ひしぎ」と言うだけで釘が打てる。
「どちらも土魔法の一種です。梯子とハンマーがあれば使わなくても済みますが」
ハンマーはともかく、梯子を持ち歩くのは面倒だ。手ぶらで素早く中継器の敷設ができるなら、魔法具を拒む理由はなかった。
「使わせてもらう」
「危ないことがあったらいつでも
滑空術を使えば、ステファノにとってはすぐに行ける距離だった。
サントスにも
心配するとしたら、病気くらいのことであろう。こればかりは用心しても絶対とは言えないが、いざという時は「フライング・ドクター」ならぬステファノが滑空術で迎えに行くことにした。
救急体制としてはこれ以上ないだろう。
「そうと決まれば早速留守番役を探す」
「マルチェルさんにお願いして、伝手を当たってもらいましょう」
こういう時は商売人としての信用が物を言う。ネルソン商会での立場を使えば、怪しい人間を紹介されることがない。
「助かる」
留守番の手当と
◆◆◆
その頃、悪逆非道を極めたヤンコビッチ兄弟が討伐されたという知らせが、各地に広がっていた。警察機能を司る衛兵隊のネットワークで、町から町へとニュースが伝達されていたのだ。
兄弟は賞金つきの手配犯だったため、各地の口入屋にもその知らせは伝えられた。
「何? 間違いないのか?」
「詳しいことは衛兵隊に聞けばわかる」
とある町の口入屋に立ち寄った剣士クリードは、トゥーリオ・ヤンコビッチが殺されたことを知った。
「一体どこの誰が――」
クリードは愕然とした思いで呟いた。
彫りの深い顔には長年の旅暮らしが深い影を落としていた。
「ヤンコビッチ兄弟だと? ああ、討伐されたそうだ。そこの手配書の束を見てみろ」
衛兵詰め所で尋ねてみると、クリードは手配書の束を渡された。その中に兄弟討伐の詳細があるという。
「――これは」
長年人相書きが作られていなかった兄弟の手配書に、真新しい似姿が添えられていた。
「この顔……く」
手配書を持つクリードの手が細かく震えた。見間違えるはずがない。母と妹を無残に殺したトゥーリオの顔が完璧に再現されていた。
トゥーリオに刺された腹の傷痕がキリキリと痛む。
瀕死の重傷にあえぐ自分の顔を、瞬きもせず覗き込んだあの目が、そこにあった。
「トゥーリオ・ヤンコビッチ!」
ギリリと歯を噛みしめ、クリードは手配書の束をカウンターの上に置いた。そのままでは大きく揺れ始めた手の震えを止めることができなかったのだ。
まだ震えている左の手首を右手で押さえて、クリードは手配書に書き込まれた討伐の顛末を読んだ。
そこには旅芸人一座に紛れ込んでいた兄弟を、ギルモア家所縁の武術家と魔術師が旅の道中で討ち果たしたと書かれていた。
弟ミケーレは心臓の上を殴られて即死。トゥーリオは内臓破裂と上半身火傷で死亡とあった。
「なぜ、ギルモア家があいつらを……?」
クリードの思考は停止し、ゆらりと体が揺れた。
めまいを起こしたクリードは、よろよろと床に膝をつく。
「ネーナ……!」
クリードは服の上から胸に下がるペンダントを掴みしめた。
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