第577話 俺たちに何か話があるって言ってませんでした?
サントスはやがて手を止め、深く息をついた。
「どれどれ、見せてもらおうか」
遠慮なしにスールーがスケッチに手を伸ばす。
「これは
「一部は馬車にも共通。意見を聞きたい」
サントスはサスペンション機構と操舵機構について、スールーとステファノに説明した。
「なるほど。どちらも不便に感じていたことだね。馬車の乗り心地が改善されるなら大発明といっていい」
「この硬いばねと柔らかいばねを組み合わせる構造には、どういう意味があるんですか?」
「柔らかいだけだと揺れが大きくなる。凸凹がひどすぎるところでは、乗り心地がかえって悪い」
サントスは実例を挙げてステファノの疑問に応えた。簡単に言えば、細かい振動は柔らかいばねで吸収し、大きな振動は堅いばねで吸収するという工夫だった。
「こっちは前輪の向きを変える仕組みですね?」
「ハンドルを回すと車輪の向きが変わるのか。うん? こっちのスケッチにはハンドルがないが?」
「それは
現状の
「車体の重量をどうやって支えるかが課題ですね」
「そう。そこはキムラーヤでいろいろ試してもらう」
技術開発には試行錯誤がつきものだ。そこは実際に、試作と実験を繰り返して乗り越えるしかなかった。
「こういう時
サントスが描いたスケッチを一瞬でキムラーヤに送ることができる。
「こうしてられない。早く戻ってトーマに連絡する」
サントスは机の上に散らばったスケッチを集めて、カバンに突っ込んだ。
「あれ? 俺たちに何か話があるって言ってませんでした?」
「話? ……ああ! それはもういい!」
サントスは顔を赤らめて首を振った。スールーたちに悩みを訴え、もっと生産的な仕事をさせろと要求するつもりだったが、そんな思いはどこかへ飛んでいってしまった。
「本当にいいんですか?」
ステファノは怪訝そうに念を押した。
「し、しつこい。帰る」
「ああ、お疲れさまでした。」
「事務係に寄るのを忘れるなよ」
サントスはバタバタと帰りの途についた。スールーに言われなければ模型の代金を受け取ることを忘れるところだった。
(うう、時間がもったいない。早く帰らなければ)
積み荷がなくなった帰り道は身軽だ。サントスは
気がせいて驢馬を急がせようとすると、それを嫌った驢馬が「イョーッ!」と鳴く。サントスは驢馬を降りて自分の足で走ろうかと何度も思った。
(あれ? 俺はあいつらに何を相談しようとしていたんだっけ?)
驢馬を走らせながらサントスは疑問を覚えた。仕事が楽しくないとか、そんな話だったような気がする。
(面白いことは目の前にあったな。見えているのに、気がつかなかっただけだ)
店に帰り着くまで待ちきれず、サントスは驢馬の上からトーマを呼び出した。
『何だ? 声が妙に途切れるぞ』
「いま、ウニベル……シタ、スの帰り。驢馬……に、乗っ……てる」
『お、おう。急ぎの用か?』
「
サントスの勢いに押されたトーマだったが、これでは話ができないと言って、店についてからもう一度連絡するようにサントスを諭した。
(やれやれ、何を焦っているんだか。随分と風向きが変わったようだ)
◆◆◆
その後、約束通りサントスは2台の操縦ユニットを手に入れた。
「サントスさん、注文通り2台持って来ましたよ」
「ステファノ、助かる。これでいろいろ試せる」
サントスは乗用の車体と運送用の荷台つき車体を試作するつもりだった。
「試作はキムラーヤに任せるんじゃないんですか?」
「適材適所。操舵機能は複雑なんでキムラーヤに任す。俺はばねの組み合わせをテストする」
様々な硬さのばねを作ってもらい、最適な組み合わせを試すのだと、サントスは言った。
「実際の道を走らせてみないと、判断できない」
耐久性まで含めて試験するとなると、ある程度長距離を走らせる必要があった。
「サントスさん自身で街道を走らせるつもりですか?」
「それで提案がある」
サントスは自分のプランをステファノに告げた。
「例の
「えっ? 店を空けてしまっていいんですか?」
中継器の設営は王国全土に渡る大仕事だ。ネルソンの指示でいくつもの業者を使い、人海戦術で推し進めることになっていた。
敷設のためには実際に街道を進み、等間隔に中継器を置いていかねばならない。時間のかかる仕事であった。
「店の留守は人に任せる。
サントスの役割は主にデザインと原理試作だ。
さすがに試作まで手が回らないが、そこはキムラーヤで引き取ってもらえば何とかなるだろう。
「わかりましたが、そこまで中継器に入れ込む理由があるんですか?」
「俺たちは『情革恊』だからな」
理由はそれだけで十分だとばかりに、サントスは答えた。
「情報伝達こそが世界を動かす力だ。俺たちはそこに革命を起こす。そうだろう?」
前髪の陰でサントスの両眼が輝いていた。
「ならば、俺はその最前線にいたい」
発明品を世に送り出すだけでは、「実感」が伴わなかった。両手に伝わる「温度」がない。
そのことを今回の
「俺のこの手で、世の中を変えてくる」
サントスは両手を強く握りしめた。
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