第576話 それについて相談がある。

 翌日、サントスは製作した模型の包みを振り分け荷物にして驢馬ロバの背に載せた。驢馬が痛がらぬように、背中との間には厚手の毛布を入れてある。

 サントス自身は驢馬の手綱を引き、歩いて道を行く。


(別に急ぎの仕事がないから構わないが、俺も魔動車マジモービルが欲しいな)


 操縦ユニットを借りられれば、車体は自分で作れる。その方が既存の馬車や荷車をベースにするより、便利なものが作れそうだった。


(普段使い――乗用っていうのかな? 自分が乗るだけだったら小型でいいもんな)


 運搬用に使うなら荷車を改造すればよい。


(いっそのこと2つ貸してもらうか?)


 そうすれば乗用と運搬用に使い分けることができる。1つの操縦ユニットを目的ごとに載せ換えるのは面倒くさそうだった。


(そういえば馬車って「曲がる」のが大変なんだよな)


 山道に差し掛かれば足元を見ながら一歩ずつ足を進めるしかすることがなくなる。サントスの心は自ずと魔動車マジモービルの改良点を洗い出すことに向けられた。


(真っ直ぐにしか進まない車体を無理やり斜めに引っ張って曲がるんだものな。無理をし過ぎると車体が横転する)


 そうでなくても、車軸や車輪が傷む。馬車とは小回りの利かない乗り物だ。


(だから「つづら折り」の道は苦手だよな。簡単には曲がれない)


 サントスが驢馬を引いて歩くことにした理由でもある。山道で馬車を走らせる運転の技量に自信がなかったのだ。


魔動車マジモービルにも同じ課題があるな。操作性を良くしなくちゃ)


「小回りの利く走行性能」と、サントスは心のメモに書き留めた。


(乗り心地も問題だよなあ。長い時間乗ってると尻が痛くなる)


 この時代の馬車には、まだサスペンション機構が使われていなかった。道路とぶつかる車輪の衝撃はそのまま乗客や貨物に伝わっていた。


(御者台の下に板ばねを仕込んで衝撃を和らげる工夫をした人がいるらしい。真似できないかな?)


 ばねが柔らかすぎるとかえって上下動が大きくなり、御者を振り落としてしまうらしいが。


(キムラーヤ商会に頼めばばねが手に入るだろう。いっそのこと車体全体をばねで支える構造にしたらいいんじゃないか?)


 キムラーヤの強みは着想を実用品にまで磨き上げる工房の技術にあった。彼らに任せれば、ばねの強度や大きさ・形状を最適なものに仕上げてくれるだろう。


(小回りの問題は前輪の向きを変えられるようにすればいいんじゃないか? うーん、問題は構造と強度だな)


 サントスの想像は尽きない。頭の中に設計図を描いては、これではだめだと消してまた描く。


 気がつけば、サントスはウニベルシタスの入り口に立ち止まっていた。


 ◆◆◆


「サントスさん、わざわざ運んでもらってすみません」

「ステファノ、礼には及ばないぞ。引き籠りのサントスにとっては外に出るいい機会だろう」

「別にいい。スールーは余計なお世話」


 3人集まれば、いつも通りのマイペースだった。サントスが届けた模型を、ステファノは手早く検品する。


「いい感じですね。色まで塗ってくれるとは思いませんでした」

「やる時はやる。色抜きじゃ味気ない」

「わかってるじゃないか、サントス。何事も『色気』が重要だ。ボクのようにね」

「スールーは黒一色」


 サントスは短い言葉で会話しながら、「何だか今日は気持ちが軽いな」と感じていた。

 自分に言い訳する必要がなくなっただけなのだが、本人は原因に気づいていなかった。


「結構です。注文通りの品物を受け取りました」


 ステファノは納品書に手早くサインした。これを請求書と共に事務係に提示すれば、サントスは支払いを受けられる。


 本来であればサントスの用事はこれで終わりだ。事務係で現金を受け取り、とっとと山道を下って帰れば良いだけだった。


「ステファノ、ちょっといいか?」

「大丈夫、時間はありますよ。久しぶりに会ったんで、俺もサントスさんと話したいです」

「サントスがどうしてもというなら、ボクもつき合うぞ」


 言い出しにくそうなサントスの顔色を見て、ステファノは助け舟を出した。スールーの方は単純に世間話をしたいだけだった。


「今日は驢馬ロバを引いてきた。つらくはないが時間がかかる。魔動車マジモービルの操縦ユニットを貸してくれないか?」

「いいですよ。学長に許可をもらったら、店に届けます」


 サントスとスールーがサポリに作った拠点を、ステファノは「店」と呼んだ。店売り商売をしているわけではないが、工房ともちょっと違う。手短に言うために「店」という単語が一番わかりやすかった。


「それについて相談がある」


 サントスにしては持って回った言い方をする。サントスは部屋に備え付けの紙を持ってきてテーブルに広げた。


「こういう機構の魔動車マジモービルを考えている」


 言いながら、来る道すがら考えた魔動車マジモービルのスケッチを描き始めた。

 描き始めると手が止まらなくなった。


 結局、それから30分サントスは無言のまま手を動かし続けた。


「ふふん。こいつ笑ってるぞ」


 サントスの顔を覗き見るスールーは、心なしか嬉しそうな声で言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る