第575話 それができたら面白そうじゃねぇか?

 トーマの疑問に応える形で、サントスは胸の中のもやもやを吐き出していった。

 話している内にサントスの気持ちも落ち着いてきたようだった。


『ふうん。まあ、そんなもんじゃないの? 仕事ってのは食うためにやるもんだし』

「そうだろうけど……、それじゃあつまらん」


 トーマの言うことくらいサントスもわかっている。「それでも」という話なのだ。

 食うためだけの仕事はしたくなかった。


『贅沢なんじゃねぇの?』

「何?」


 トーマは静かに、しかし突き放すように言った。


『あんたはどうか知らないが、俺は何年も店の手伝いをしてきた。俺は跡取りだ。使用人たちを食わせてやらなきゃならないからな』

「気に入らない仕事でもやるってことか?」

『稼げる仕事に好きも嫌いもないだろう?』


 商会跡取りとしての「帝王学」を、幼い頃からトーマは仕込まれてきた。海難事故のトラウマで引き籠りとなったサントスとは実家での扱いに差があった。


『仕事をもらえるってことは、飯が食えるってことだ。喜ぶところだろう?』

「――」


 言われてサントスは返す言葉がなかった。「飯が食えること」は当たり前だと思っていた。

 だから、「金のための仕事」は楽しくないという発想になる。


『俺たちがやるべきなのはもらった仕事の中での「工夫」じゃないのか? これまでよりも早く、安く、良いものを創り出す工夫をさ』

「それは創造じゃなくて改良じゃないのか?」

『かもしれねえ。別にいいじゃねぇか。「見たこともない物」は注文できないだろ? 客にもらった注文の中でどれだけ工夫できるかが、俺たちの「腕」だ。「ただ金のため」にやるわけじゃねぇよ』


 改良の中にも創造はある。トーマはそう語っていた。


『そうやってさ。時間を稼ぎ、金を稼ぐんだ。その時間と金を、一番やりたい仕事に回したらいいんじゃねぇか?』

「ぐ。お前の言う通りだな。わかってはいるんだ。なのに、こんなにモヤモヤするのはなぜだ……」

『ビジョンて奴が見えてないからじゃね? この先何をやるべきかって』


 それは1年前までの情革研と同じだった。情報革命という大層なお題目だけがあり、具体的なテーマが存在しなかった。


「そうか。足りないのはビジョンか」


 スールーには初等教育充実という目標がある。教科書の編纂と普及という具体的なテーマもあった。

 だから彼女は迷わない。


 自分には何もない。だから悩むのだ。


「教えてくれ、トーマ。お前のビジョンは何だ?」


 何でも良い。サントスはヒントが欲しかった。


『俺かい? うーん。一言で言うのは難しいぜ。ゆくゆくはという話なら、ステファノが創り出す魔道具を科学に置き換えたいと思ってる』

「魔道具を科学で作るのか?」

『そういうことだな。科学の仕組みで同じ結果を創り出せねえかってね』

「もう魔道具があるのに、どうしてわざわざ……」


 しなくても良い苦労ではないかと、サントスは思った。


『魔法師に頼りっぱなしってのが気に入らねぇ。それと……それができたら面白そうじゃねぇか?』


 どくんと、サントスの胸が鳴った。面白そうだから作る。トーマはそう言った。


『まずはさ、動力を何とかしないとな。水力と風力に代わる使いやすい動力を手に入れたいね』


 楽しそうに、トーマはまだ見えぬ発明を語る。どれだけ時間を要するかわからない難問だろうに。


「俺だけか」

『うん? 何だって?』

「俺だけが何も考えていなかった」


 サントスは両手を固く握り締めた。


「ステファノが――ウニベルシタスが発明の種をくれるのを、ぼんやり待っているだけだった」


 日々をつまらないもの、味気ないものにしていたのは他ならぬサントス自身だった。それに気づくと、体が熱くなった。


『まあ、いいんじゃねえか? 難しく考えなくても。時が来ればやりたいことが出てくるさ』

「それでいいのか?」

『それでいいさ』


 トーマにそう言われると、それで良いような気がしてきた。我ながらいい加減なもんだと、サントスは自嘲した。

 だが、確かに肩の荷は軽くなったのだ。


「明日、ウニベルシタスに行ってスールーとステファノと話してみる。それでゆっくり考えてみるよ」

『そうか。ヒントが見つかると良いな』

「そうだな。トーマ、邪魔してすまなかったな。お陰で気持ちの整理がついた」

『ならいい。スールーたちによろしくな』


 サントスは通話を終えて、深いため息をついた。


(人のせいにしたがるのは、引き籠りの悪い癖だな)


 トーマがいてくれてよかった。同じエンジニアとして、トーマとなら価値観を共有することができた。

 それは、サントスには滅多にないことであった。


(こんなに人と話したのは、いつ以来だろう?)


 引き籠るようになってからは家族ともこれ程本音で語り合えたことがない。


(トーマでさえ将来について考えていた。ぼんやりしているのは俺だけか。俺は何がしたいんだ?)


 考えても、考えても、答えが出てこない。

 仲間たちに置いていかれる焦燥感に、サントスは身を焼かれた。


(焦っても仕方がない。そうだな、トーマ? いつか俺にもやりたいことが生まれるはずだ)


 それまでは目の前の仕事に集中しようと、サントスは自分に言い聞かせた。

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