第546話 どこに行っても知らない土地だ。
心が鎮まれば、縄抜けの技はステファノのギフトと相性が良いことがわかった。
イドの
筋肉を一部分だけ膨らませ、その場所を移動させることもできた。
そして自在な弛緩が役に立った。
力を入れることは難しくないが、脱力は意外に難しい。しかも特定の部分だけ弛緩させるとなると、頭と体が混乱してしまいがちだ。
剣士ジョバンニを見習った肉体制御の訓練が、ここで大いに役立った。後ろ手の縄目が見えていなくても、腕の感覚が縄の状態を脳に伝える。肉体制御のレベルを上げたステファノには、思い通りに縄目を動かすことができた。
ジェラートの速さには追いつけないが、基本的な技はステファノにも再現できるようになった。
「うん、いいんじゃないか。縄抜けの基本は身についたようだ」
「コツが掴めてきました。後は反復練習ですね」
「そうだね。自分で自分の手を縛るのは難しいから、そこは工夫しないと」
他人に縛ってもらうか、あらかじめ作った結び目に手を入れて縄を引いて締めるか。
独り稽古には工夫が必要だった。
「
どうやって隙間を作り出し、関節を潜らせるか。その手順を磨くのだ。
「わかりました。毎日やってみます」
「人には見せないことだね。縄抜けができると知られると、抜けられない縛り方をされるので」
「『縛られても、縛らせるな』ですね?」
いくら鍛えようと完璧な縄抜けなどない。縄抜けとは相手の油断につけこむ技なのだ。
もちろん魔法やイドを使えるとなれば、縄を抜ける方法はいくらでもあるのだが。
(
半月の修業でジェラートはステファノに合格を与えた。ここから先は自ら工夫しなさいと。
ステファノは墨縄「
それだけでなく、途中に革帯を通した上で長さを調整すれば投擲用の
ジェラートに礼を述べ、ウニベルシタスでの再会を約して、ステファノは王都を後にした。
◆◆◆
(さて、どこへ行こうかな?)
王都を去るにあたり、ステファノはこれからの旅先について考えた。直接サポリに向かうのは味気ない。
(南に行ってみるか)
概ね東に位置するサポリから大きく遠ざからぬ範囲で、見知らぬ土地を訪ねてみようと思った。
(どこに行っても知らない土地だ。だったら、どっちに向かったっていいわけだよね?)
まだ6月の初めだ。サポリには8月中に着けばよい。7月になるまでは気ままに旅しても、十分時間は余るはずだ。
ステファノはのんびり徒歩で旅することにした。
(道に飽きたら高跳びの術を使うし)
いざとなれば馬車より速く移動できるステファノだった。
旅には世間を知る以外にも目的があった。
ステファノが歩いた跡が
ステファノは2、3キロごとに1本、術式を籠めた鉄釘を立木に埋め込んだ。できるだけ高い木の枝に埋め込み、広いエリアをカバーできるように努めた。
土魔法で重力を操れば、容易いことだった。
(本当は立木そのものに魔法付与できると良かったんだが……)
それなら年月が経っても朽ちることがなく、材料も必要ない。しかし、「成長するもの」に魔法を籠めることはできなかった。
(生きているものは「変化」の速度が速い。実体が変わればイドも移り変わる。魔法の付与も安定しなくなる道理だよな)
生体を対象に魔術をかけられないことにも、事情は共通していた。火魔術で敵の衣服を燃やすことはできるが、直接肉を燃やすことはできないのだ。
ステファノが編み出した
同じ変化を共有するので、時間がたっても魔法をかけられる。
(立ち木に魔核混入してやれば、生き物であっても魔法付与できるだろうか?)
ステファノはそう考えて、実験してみたことがある。が、結果は芳しくなかった。
魔核混入した生物に後から魔法をかけることはできる。しかし、付与した魔法を長時間維持させることはできなかった。
前者は1カ月後でも可能だったが、後者は数秒しか持たない。魔法術式が時の経過、すなわち変化にさらされるためだった。
(無生物への魔法付与はメリットもある。まとめて付与できるからね)
手元の鉄釘数十本には中継器の術式を一度に籠めた。立木に釘を埋める手間はかかるが、改めて術式付与する必要がないのだ。
(うん? あれは馬車か。こっちに向かっているようだ)
作業を終えて梢から今来た街道を見下ろしたステファノは、土埃を巻き上げながら走って来る1台の馬車を見つけた。
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