第528話 ……お前には似合いの武器になるかもしれない。

 翌日、朝の日課の後、ステファノはネオン師と共に試射場にいた。


「まずは遠的えんてきに慣れてもらう。投法は左右の『中天』で行う」


 飛距離、威力、命中精度を全て満足させられるのは、「中天」以外になかった。


「使う石も大きくなる。いきなり全力で投げると肩を壊すぞ。5割の力から始めなさい」


 ネオン師が示したのは拳大の石だった。

 確かにこれを思い切り投げたら筋肉を痛めそうだと、ステファノは思った。


「隠密性は考えなくていい。体全体を使って大きな動きで投げろ。腕だけに頼ってはいけない」


 そう言うと、ネオンは自ら一石を投じて見せた。

 半身の姿勢から片足を上げ、体を捻りながら足を大きく前方に踏み出し、腰から肩、腕、手首に回転を伝え、石を飛ばしていた。


「右手でも左手でも投げられるようにする。すなわち体は左右均等に鍛えなければならない」


 ネオン師はあえて力を抑え、山なりに石を飛ばした。それでも石は40メートル先の標的を捉えた。


「状況によってはあえて山なりに投げる場合もある。途中に障害物がある場合などだな」


 高く投げ上げた石を頭上から落として、物陰に隠れた敵を倒す技もあると、ネオン師は言った。


「お前も山なりの投法から始めると良い」


 そう言い残して、彼女は狩りに出かけて行った。


 ◆◆◆


 1人になり、ステファノは台の上に転がる石を眺めた。


(先生は拳大の石を投げていた。俺もそうすべきか?)


 右手に石を取り、握り具合を確かめる。


(俺の手は先生の手より小さい。石の大きさは自分の手に合わせた方が良いな)


 石が大きすぎると、握りが甘くなる。十分な力が伝えられないし、狙いもぶれるだろう。


 ぽんぽんと、軽く手から放り上げて石の重みを測った。


(うーん。思ったより重いな。これは体に負担がかかりそうだ)


 ステファノは初伝の教えを思い出した。


(思い切り投げる必要はないんだ。徐々に体を慣らせばいい)


 右手の石と台上の石を見比べ、ステファノは大きさが半分の石に持ち替えた。


(うん。これなら無理せずに投げられる)


 左半身から「右中天うちゅうてん」の型で石を投じた。ゆったりと山なりに飛んだ礫は遠的の右側を通過した。


(最初はこれで良い。右左5本ずつ交互に練習するか)


 10投を1セットに、ステファノは練習を繰り返した。1セット毎にインターバルを取り、石を拾い集める。

 ネオン師のアドバイスに従い、ステファノは日常生活でも左手を使うように心掛けていた。


 慣れない動作には違和感が伴う。それは動きの無駄、筋肉の緊張につながり、肉体と精神の疲労をもたらす。

 重労働の負荷とはまた違うきつさがあった。


 それでも繰り返せば慣れてくる。10日の修業でステファノは左手をかなりうまく使えるようになっていた。


 礫を当てることにこだわり過ぎると、特に左手の場合、手の動きに頼ってしまう。そうではなく、体全体を使ってゆったりと大きく動くことを、ステファノは心掛けた。


 不思議なもので手の器用さに頼らないことで、投擲はかえって安定するのだった。


(これは当たる)


 やがて石が指先を離れる瞬間、どこに飛んで行くかが予想できるようになってきた。投擲のフォームが徐々に安定したせいだろう。無理に当てには行かず、一定の形で投げる。

 形と飛ぶ先が安定すれば、後々狙いを調整するだけで良いはずだ。


 ステファノは3日で遠的の型を安定させ、4日めからは礫の大きさと速度を上げて行った。ネオン師は朝夕にステファノの型を検分し、時折手直しをさせた。


 連日の稽古で筋力も増し、10日めにはかなりの速さで礫を飛ばせるようになっていた。


「よし。遠的の型も定まったな。いよいよ明日からは道具の使い方を教えよう」

「道具を使った投石ですか?」

「そうだ。……お前には似合いの武器になるかもしれない」


 ネオン師は意味ありげにほほ笑んだ。


 ◆◆◆


 翌日の朝稽古は「投石器」の紹介から始まった。


「これが『投石ひも』だ。当流では簡単に『スリング』と呼んでいる」

「これを使うんですか?」


 ネオン師が懐から取り出したのは、全長1メートル程の紐の中央に革製の短い帯のような物を取りつけた道具であった。


「中央の革帯に石を包んで使う。紐は羊毛を編んだものだ。植物性に比べて伸縮する分、投石の威力が増す利点がある」

「一方の端にある輪は、何に使うものでしょう?」

「ここに手首を通して、紐が手から離れないようにする」


 ネオンは実際に紐を右手に装着して見せた。石を革帯に包むと、紐のもう一方の端を輪から出た紐と一緒に、手のひらに握り込む。


「持ち方はこうだ。これを頭上や体の横で振り回してから手を離すと、2つ折にした紐がまっすぐに伸びて石が放たれるのだ」

「手を離すタイミングが難しそうですね」


 石は紐が旋回する面に沿って飛んで行くが、タイミングを間違うと標的には当たらない。


「どれ、試しにやって見せよう。離れていなさい」


 ネオン師は長机に近づき、拳大の石を紐にセットした。


「紐には『上天』の型と『黄泉路よみじ』の型しかない。まずは上天を見せる」


 彼女は左半身に構え、右手の紐を頭上で回し始めた。

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