第527話 それも1つの道だろう。
的に当てるだけなら、2日めの終わりには目途がついた。命中率は8割から9割の間だった。
名人とは決して言えないが、十分に役には立つ。
そもそも
3日めからは、「投擲動作を小さくする」ことに挑戦した。
敵の意表を突く隠密動作が近的の基本だとすれば、動作は小さければ小さいほど良い。
ステファノは次第に腕の振りを小さくして、手首の動きだけで小石を投げるように工夫した。
ただし、威力の方は一定の限界があった。手首の力だけで殺傷力のある勢いをつけることは至難の業だ。
やむを得ず、ステファノは「イドの
殺傷力を放棄すれば石は小さくて良い。できるだけ小さな動きで精確に飛ばすこと。ステファノはそれを目標に技を磨いた。
夕方、狩りから戻ったネオン師はステファノにその日の成果を見せるように言う。
徐々に小さくなるステファノの投擲フォームを見届けると、ネオン師は黙って小屋に戻るのだった。
◆◆◆
10日めの朝、ネオン師は狩りに出掛けずステファノに「
稽古の成果を見てもらえるのだと思い、ステファノはそら豆大の小石を両手に掴んだ。
「!」
無言の気合とともに、ステファノの両手が交互に動いた。
右手が「上天」の位置から石を飛ばした直後、左手は「
投じた小石は左右3石ずつの計6石。
ここまで来て、ステファノは両手を腰の横に垂らした。
自然体で直立した姿勢から、ステファノは手首だけを使って左右交互に4石ずつを的に投じた。
小石は「ぽぽぽん」と小気味良い音を立てて、近的の中心に吸い込まれていく。
14個の小石を投げ切ったところで、ステファノはようやくふうっと息を吐き出した。
「以上です」
ステファノは師に投擲の終了を告げた。
「うん。……まだ石を残しているようだが?」
「はい。反撃に備えて2石を残しました」
ふわりと開いて脇に垂らしたステファノの手には、左右1つずつ小石が隠されていた。ステファノなりの「残心」である。
「礫術が必殺攻撃でない以上、常に反撃される可能性があると考えました」
ステファノは片手に8石を握り込んで、内7石を投じた。最後の1石は
「随分と動きを小さくしたな」
残心のことには触れず、ネオン師はステファノの投擲フォームに話を転じた。ステファノは半身の姿勢を取らず、腕も最小限にしか振らなかった。
「自分の力量では礫の威力で敵を倒せません。けん制の手段と割り切って、隠密性と早さを優先しました」
その反面、ステファノは精確性、命中率にこだわった。礫を当てる場所は、敵の
「その上で、『
「はい。最も隠密性に長けた投法だと思います。腕を上げずに投げられるので、技の
「そうか。威力よりも隠密性を重んじるか。それも1つの道だろう」
ステファノは自分なりの応用を師に許されて安心していた。勇猛果敢を旨とする流派であれば、ステファノの姿勢は否定されたかもしれない。
「それにしても、皮手袋をしたままで8石まで石を操れるとは器用なことだ」
ネオン師はステファノの手元を見て感心の声を上げた。ステファノの両手には愛用の皮手袋が、いつものように嵌められている。
「随分長い間つけているので、たいていのことはこのままできるようになりました」
手袋のサイズは手にピタリとフィットする大きさを選んである。最早はめていることを忘れるくらい、ステファノにとっては当たり前の状態になっていた。
「そうか。夏場は暑いだろうが、手がかじかむ冬場や雨の中では重宝するだろう」
「はい。汗で滑るほど暑い時は、指の部分を切った手袋をつけるようにします」
「いろいろ考えているのだな。良し。近的についてはもう教えることはない。後は自分で工夫を重ねなさい」
ネオン師は近距離投擲術については「卒業」を許した。もちろん修行に終わりはないが、初伝は一旦ここまでということである。
「明日からは
「わかりました。明日からもよろしくお願いします」
ネオン師の言葉通り遠的狙撃は近的狙撃とはまったく術の目的が異なる。
本来、遠的狙撃は対象の殺傷を目的とする。けん制主体の近的狙撃とは大きく立ち位置が違っていた。
遠的狙撃のあり様は、戦場での投石を想像すれば概ねイメージができる。
特徴は、遠距離を隔てた対象に、「威力の大きい=大きく重い」石を大量に投げつけることにある。本来、集団戦用の武器なのだ。
集団戦である以上、投擲の精確性はある程度犠牲にされる。命中率より飛距離と破壊力を優先するのだ。精確に飛ぶ一石よりも、狙いがバラバラでも雨あられと飛ぶ多数の石の方が戦果をもたらす。
しかし、流儀としての無尽流は単独で使う礫術だ。遠距離を隔てながら威力と精確性の両立を目指すところに、術の意味があった。
「明日からは素手での投擲のほか、道具を使うことを覚えてもらう」
ステファノが見せられたのは、不思議な形の道具だった。
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