第515話 魚屋が魚をさばくところを見てるみてぇだったな。
「危ないって、何が危なかったんですか?」
理解できず、ステファノは話に口を挟んだ。
「何にもねえよ。藪から棒に、あんちゃんが叫んだんだあ。そりゃ、盗人もびっくりするわなあ」
硬直した盗賊は剣を振り下ろすタイミングを見失った。
『あうぐっ……』
息を詰まらせてもごもご言ったところへ、喉元をぼんと叩かれた。ジョバンニが差し伸べた剣先である。
『ごほおぉーっ』
気管を裂かれ、血が流れだす。盗賊は苦痛に悶えて喉元を抑えるが、吹き出し始めた血は止まらない。
息を吸い込んだ拍子に大量の血液が気管に流れ込んだ。
『がぼぼ……。カッ、カッ!』
出血と酸欠で顔を真っ青にした男は、胸を掻きむしって倒れた。
賊をすべて倒したジョバンニは、顔色一つ変えず死体の間を歩き回り、止めを刺して回ったそうだ。
それからようやく村人に声をかけ、小屋の火を消したのだと言う。
「凄い話ですね。たった1人で6人の盗賊を退治したんですか?」
「訳がわからん内に、皆殺しにしちまったよ」
泣いたり叫んだりしている内に、6人を倒してしまった。見ている村人は目を疑ったろう。
「随分後になって、偉い剣豪になったって聞いたよ」
「音無しのジョバンニと言えば、王国随一の剣士です」
「そうだってな。考えてみたら、抜いたのはダガー1本だからな。後は相手の剣を使っただけだ」
すべてが終わってみると、ジョバンニは返り血ひとつ浴びていなかった。
「変な話だがよ。魚屋が魚をさばくところを見てるみてぇだったな」
「戦いに見えなかった……ということですか」
飛んだり、跳ねたり、走ったり、剣を振り回したり。ジョバンニはそういうことを一切しなかった。
「何でもねえことのように、ただ歩いて行って、つうって剣を動かしただけだあ」
『師の差し出す剣の先に、敵が自ら首を寄せて来るようであった』
かつてジョバンニの剣を評して、クリードがそう語った。ジョバンニの剣はステファノと変わらぬ年頃には、既に完成していたということか。
(マルチェルさんの戦い方に、ちょっと似てるな)
相手の動きの先を読む。攻撃した先にマルチェルはおらず、避けられぬ角度から敵を攻める。
『「速さ」ではなく、「早さ」なのです』
マルチェルはそう言っていた。
(「鉄壁は硬きに非ず。
尊師の遺訓だとマルチェルは言った。
もちろんマルチェルは風のように動くことができるし、岩を砕く強さを示すこともある。だが、極意はそこにない。
『起こりを止める備えなり』
遺訓はそう続いていた。
(相手が動く前に止める。それが「鉄壁」の極意だ)
マルチェルは言葉や動きで「
結果、敵は無防備に急所をさらけ出して、倒されに行くように見える。
ジョバンニの技と同じであった。
(まさに弱者の剣)
泣きながら命乞いをし、仲間を見捨てて逃げ出す。
それでいて無敵。
(俺はまだ弱者になり切れていなかった。どこかで自分は強いと
それが油断となり、魔術試技会では危うい場面もあった。
もしも命がけの戦いであったとしたら、大怪我をしたかもしれない。
(甘いのは「
ステファノは村人の昔語りから、我が身を振り返る教訓を得た。いざという時は、プリシラを蹴り倒してでも生き残らねばならない。そう考えると、自分にできるだろうかと不安になるのだった。
◆◆◆
ジョバンニにはギフトがあった。「レンタル・メンタル」という名のそれは、相手の感情の動きを予測できるという力だった。
思考を読めるわけでも、行動を予測するわけでもない。こうすれば、こう感じるという反応を自分のことのように予測できるだけである。「はずれギフト」、そう呼ばれていた。
誇り高きランスフォード伯爵家に生まれたジョバンニは、貴族の務めを果たせないという理由で家を追われた。はずれギフトを得た者の宿命であった。
供は侍女のリーナただ1人だった。
短剣1本を腰にして旅に出たジョバンニは、ギフト「レンタル・メンタル」の本質を悟り、剣の道に生かす工夫を為した。かくして、「音無しのジョバンニ」と称される剣の達人となったのだ。
しかし、ギフトはジョバンニの本質ではない。危機を察知し、動くべき指針を与えるに過ぎないのだ。ジョバンニを最強の剣客たらしめているのは、常に冷静に大局を把握する心の力であった。
あるべきところにあり、為すべきところを為す。極意とはそれに尽きる。蓋然を必然に変える業だと言っても良い。
来し方、行く末を知り、必然を為す。それは、ステファノがギフト「
ステファノの場合はギフトの本質がステファノ本人の本質に極めて近い。不可分の性質と言って良かった。
ゆえに、達人が修行の果てにたどりつく境地を、ステファノはギフトとの一体化によって己のものとする。それが自分にふさわしい道筋だと、確信していた。
(極めるべきはギフトだ。肉体と技は、ギフトを修める器としてふさわしく鍛えれば良い)
進むべき道をはっきりと見出したステファノは、これまで以上に活き活きと走り、跳び、型稽古を重ねるのだった。
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