第507話 勉強はアカデミーだけでたくさんさ。
「そう言うわけで俺の学生生活も9月までだ」
「じゃあ、3人とも9月で卒業だね」
トーマは中退することに未練がない様子だった。それも1つの生き方なのだろうと、ステファノはそれ以上追及することを止めた。
「みんなは卒業後どうするつもりですか?」
「僕とサントスはサポリで活動するつもりだ」
スールーも商会の跡取りを期待されているが、すぐに代がわりというわけではない。時代の流れを捉え、新しい商売の種を生み出したいというスールーの夢に家族は理解を示していた。
加えて、スールーは初等教育を世の中に確立したいという野望を抱いていた。商人の娘が何を考えていると親には呆れられたが、悪いことではない。気が済むまでやってみろと、最後は背中を押してくれるようになっていた。
事情はサントスの家でもほとんど同じだった。もっともサントスに関しては性格上の問題から後継ぎとしての期待は小さかった。
エンジニアとして将来を見込まれていたが、商売の切り盛りには向いていないとあきらめられていた。サントスには弟がいる。店の跡は弟が継げば良いと、サントスは公言していた。
「メシヤ流ウニベルシタスに興味があってね。近くで動向を見守りたいのさ」
「スールーさんは入学しないんですか?」
「勉強はアカデミーだけでたくさんさ」
「楽して得取れ」
サントスの言い方は身も蓋もない。2人はウニベルシタスから派生する新知識、新技術をいち早く取りいれ、事業化しようと目論んでいた。
言うなれば、彼らは「起業家の卵」であった。
「君はどうする気だい、トーマ?」
スールーはトーマに水を向けた。
「俺か? 俺は実家に戻るぜ。ステファノのお陰で、だいぶ商売の種が溜まっているからな」
「俺としては印刷機を仕上げたいと思っている」
印刷機にはエンジニアリングの粋が散りばめられている。個々の技術をバランス良く組み合わせる総合技術が必要であった。
「一点物ではなく、世の中に行き渡る量産品に俺の手で仕上げたいんだ」
トーマの声は自信に満ちていた。
「なるほど。君にふさわしい挑戦だね。だったら役割分担と行こうじゃないか」
スールーは心得顔で微笑んだ。
「役割分担と言うと、どうするつもりだ?」
「簡単さ。僕とサントスは『前線担当』、君は『後方担当』ということだよ」
「さっきの話だと、あんたたちが情報を集めて、俺がそれを形にするってことか?」
「ざっくり言えばそういうことだね。もちろん、物作りを君に丸投げするつもりじゃないよ? 開発にしろ、量産にしろ、きちんと協力はさせてもらう」
説明を聞き、一瞬考え込んだトーマだったが、すぐに顔を上げてうなずいた。
「良いだろう。ウチにとって損な話じゃねぇな。1つだけ条件をつけさせてくれ」
「言ってみたまえ」
「頼まれた仕事を受けるかどうかは俺の一存で決める。その代わり、お宅らが仕事をどこに持っていこうと俺は文句を言わねぇ。それで良いか?」
協力するが、迎合はしない。トーマの条件とは、そういう独立性の保証であった。
「キムラーヤは大店だからな。僕たちのわがままにつき合えないこともあるだろう。結構だ。案件毎に協力を取り決めるってことで、どうだろう?」
「異議なし」
「上等だ。それじゃあ、9月以降もよろしく頼むぜ、お2人さん」
こうしてステファノを除く情革研の3人は、卒業後も協力関係を継続することになった。
「そうと決まれば、名前が欲しいね」
「何の名前?」
「決まってるだろう、サントス。卒業後に作る協力体制の名前さ」
「情革研じゃだめなのか?」
勢いに乗るスールーに、サントスとトーマは置いて行かれそうになる。
「今さら『研究会』というのもねえ。社会に出るからには、もうちょっと本腰を入れた感じにしたいじゃないか。『情報革命協議会』ではどうかな?」
「情革協」
「別に良いんじゃねぇか? あまり変わりばえしないが」
三者三様の口ぶりだったが、それがこの会の長所でもあった。
それを見ていたステファノが、口を開いた。
「俺も入って良いですか?」
「うん? ステファノ、君もか?」
「問題ないのか、それは?」
ステファノは新生情革協に入りたいと言う。しかし、それはウニベルシタス内部者が外部団体に同時所属するということになる。
それは、いわゆる「利益相反」になるのではないかと、トーマは懸念した。
「ウニベルシタスは利益を追求する団体ではありません」
「ふむ。外部団体に情報を流しても問題ないと言うわけか」
「こっちとすりゃありがたい話だけどな。お前の立場が悪くなったりしねぇのか?」
「内通者は抹殺するべし」
物騒なことを言ったのはサントスだ。極端な表現ではあるが、内通者が裏切り者扱いされることは当然とも言える。
「情報は誰でも入手できるように公表しますよ」
ステファノはまっすぐな目をして言った。
「それはまた……思い切った話だね」
「ウニベルシタスとはそういう場所なんです。闇を照らす科学の灯になる存在です」
「儲けもなしでか。俺には考えられないぜ」
非営利の教育研究機関。そんなものはこの世界にない。中心にいるネルソンが貴族出身の富豪であるからこそできることであった。
「これは油断できないな」
「どういう意味だ、スールー?」
「だってそうじゃないか。世界全体がライバルになるんだよ? それでも僕たちが一番にならなくちゃ」
「そういうことか。気を抜く暇などねぇな」
サントスもトーマも表情を引き締めた。
「望むところじゃないか。まとめて相手をしてやるさ!」
スールーは小鼻を膨らませて、ぐいっと腕まくりをした。
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