第5章 ルネッサンス攻防編
第1節 王都修行編
第508話 何をしても良いと言われたら、何をしたい?
ステファノは王都にいた。
王国魔術大会への出場を終え、すべてのことから自由の身となった。9月まではどこに行き、何をするのも勝手であった。
旅の路銀にも苦労はない。
(旦那様にもらった給金がたっぷりあるし、キムラーヤから送られてくる
家でも買わない限りは使い切れないほどの額がステファノの口座にたまっていた。
最近ではネルソン商会の肝いりで売り出した「生活魔法具」の発明料まで入ってくるようになった。魔冷蔵庫、魔洗機、魔掃除機、魔灯具などの新商品である。
魔術師を必要としないこれらの魔法具は、生活を豊かにする器具として飛ぶように売れた。
ここでもネルソンは販売先と価格を意図的に操作した。最初期は数量限定で富裕層に高く売りつけ、徐々に値下げをしながら販売対象を拡大した。
競争相手がいない商売であったが、あたかも価格競争によって値段が下がっていくようなカーブを意図的に作り出した。
生活魔法具は極めて自然に社会に普及していった。
「俺だけ発明料をもらって良いんでしょうか?」
「当然のことだ。いくらウニベルシタスが利益を求めないといっても、労働や貢献にはしかるべき対価が払われるべきだからな」
慣れない大金を受け取ることにステファノが躊躇を示すと、ネルソンはそう言って懸念を打ち消した。
「心配するな。講師や事務方にも適切な報酬を与える。そのコストは『メシヤ印』のブランド認定料でまかなえるさ」
浪費癖のないステファノは、この先一生分の収入を保証されたようなものだった。「魔術師になって身を立てる」という目標は、
「ふふふ。一生遊んで暮らせる身の上になった気分はどんなものだ?」
「よくわかりません。ただ……遊び方を知らないので、すぐに退屈すると思います」
「ハハハ、贅沢な話だ」
ステファノは当惑した。自分は何がしたいのだろう?
「何もしなくて良いなら――何をしても良いということですよね?」
「何をしても良いと言われたら、何をしたい?」
ネルソンに問われて、ステファノは顔を上げた。
「それなら俺は、世の中の役に立ちたいです」
「ふむ。人助けでもしたいか?」
「いいえ。何と言うか……世の中を変えたいと思います」
誰もが好きなだけ飯を食える世界。望むことのできる世界。戦に怯えなくて良い世界。
そういう世界を創り出すことに、ステファノは少しでも貢献したいと思った。
魔道具を作り、世の中に広める。それが人の暮らしを豊かにするなら、世の中が変わるかもしれない。
自分が果たせる最大の役割はそこにあるのではないかと、ステファノは考えた。
「魔術師になれば世の中の役に立てると思っていました。でも、実際にできることって戦争で人を殺すことくらいしかなくて……。それなら俺は魔道具を作って、人の役に立ちたいです」
目の前の人を救うためなら戦うこともできる。しかし、ただ国のためと言われても戦に出て人を殺しに行く気にはなれそうもない。それがステファノの本心だった。
「良いのではないか。お前の魔道具が真に世の中を変えるものであるならば、戦争さえ必要としなくなるかもしれん。百戦百勝は善の善なる者に非ず。覚えているか?」
「戦わずして勝つ。それを目指して良いんですね?」
「もちろんだ。私の目指してきたものも同じだからな」
ネルソンは微笑んで言った。戦争が人を殺すものであるなら、医術は人を生かすものだ。
あえて反対の道を行くことで、ネルソンは戦争を終わらせようとしていた。
「結局、俺は『魔術を使わない魔術師』になろうとしているんだな」
1人になり、ステファノは己が進もうとしている道を改めて見直してみた。
「それもまた、飯屋のせがれにふさわしいのかもしれない」
ステファノは独りごちながら、愛用のノートを撫でた。そのページの1枚1枚に、これまで生み出して来た数々の術理を記録してある。ステファノの分身とも言える存在であった。
「こいつを完成させることを旅の目的にしよう」
ステファノはそう決めた。
そう言いつつも、ノートは永遠に完成しないものかもしれなかった。術の探求に「ここで終わり」という場所はないであろう。
それでも良い。ステファノはそう思った。
その時は何冊でもノートを作ろう。何度でも旅に出よう。
この命続く限り。
生涯をささげる仕事があるとは何と幸せなことかと、ステファノは考えた。
旅にはもう1つの目的がある。武術の修業であった。
格闘術、杖術、縄術、そして
マルチェルとヨシズミによって手ほどきされた武術の道を、ステファノはこれからも学ぶつもりであった。
己と人を守るための術として。
体を使いながら
きっと自分は「体を使って覚える」タイプなのだと、ステファノは感じていた。それはステファノのイドに馴染むイメージであり、魔法師としての根幹だった。
「先ずは
ステファノは王都にある武術道場を訪ねようとしていた。
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