第506話 名言というのは雰囲気を味わうものだよ。
「あっと言う間だったな。あれもこれも中途半端だった気がする」
ステファノも感慨無量だった。思い返せば、あの時こうすれば良かったという後悔ばかりだ。
「うつむくな。胸を張れ」
「サントスさん……」
自分でもうつむき加減のサントスが、低い声で言った。
「お前の行動に手抜きはない。それで十分」
バンスがいたならば同じことを言っただろう。下ばかり見ている奴にうまいものが作れるか、と。
「常に最善の行動を取れるはずがないからね。次善でも三善でも、先に進めるなら良いのじゃないか?」
「三善て何だ? そんな言葉があるのか?」
「さあね。細かいことを言うな、トーマ。名言というのは雰囲気を味わうものだよ」
スールーがまとめに掛かったが、どうにも適当だ。だが、その適当さが時として周りの救いとなる。ステファノは肩の荷が少し軽くなったように感じた。
「冷静に考えれば、むしろやりすぎじゃねぇかと言うくらいだな」
商売人の実践的目線でトーマがステファノの業績を評価した。
「そうとも。発明品が王国軍御用達になり、理論では王族への御進講が決まっている。実技では王国魔術大会への参加決定だ。これ以上の成果など、ありえないじゃないか」
スールーが言う通り、「ステファノだから」と当たり前に受け止めて来たが、1人の学生が成し遂げた業績としてはありえないほどに充実しているのだった。
「御進講の話も魔術大会も、面倒なことにならなければ良いんですが」
それは難しいんじゃないかと、残りの3人は思った。だってステファノなのだから、と。
「さすがに王国魔術大会の方は実力者が揃っているだろう。学生代表として、胸を借りるつもりで行けば良いさ」
「スールーの言う通り。御進講はスールーが舌先三寸で切り抜ける」
確かにスールーの弁舌は公の場で頼りになる。ステファノは自分の持ち場である魔術理論の分野で役割を果たせば良いのだった。
王国魔術競技会も王族御進講も、アカデミーの春休み中に行われる。もちろん行われる場所は王都であった。
「王都に呼ばれるまでの間、ステファノはどう過ごすつもりだい?」
「あの、折角なのでミョウシンさんのお兄さんがいる町道場に通わせてもらおうかと」
「杖術の道場か?」
正確には古流武術の道場であり、杖術以外も教えに含まれている。ステファノにとってはうってつけの修行先だった。
道場側から見ればステファノは他流の使い手であり、交流によって日頃学べぬ体系に触れることができる。
お互いに得るところのある他流稽古であった。
「生真面目なことだね。君が好きなようにすれば良いと思うよ。春休みが終わったらどうする?」
「ウニベルシタスの開校は10月だと思います。それまでは旅をしようかと」
拠点にすると決めたサポリに校舎を構え、講師陣、教務担当、カリキュラムを準備するのに半年かかるだろうと、ネルソンは言っていた。
9月までステファノが手伝えることはない。
「世の中を見て来なさい」
ネルソンはそう言ってステファノの背中を押した。
「俺は生まれ育ったサン・クラーレの町しか知りません。半年かけてあちこち歩いてみようかと」
「そうか。それも良さそうだね。僕とサントスは9月に卒業するつもりだ」
これまで終了した単位数、研究報告会の成績から見てほぼ確実に9月での卒業が見込めていた。
「俺も9月でアカデミーを出るぜ」
トーマが言う。
「うん? トーマはまだ単位数が足りないんじゃないか?」
頭の中で計算をして、ステファノは首を傾げた。
「ああ。卒業はできねぇ。つまり中退だな」
「えっ? それで良いのか?」
ステファノは驚いた。トーマは優秀な生徒とは言えないが、順調なペースで単位取得を重ねていた。もう1年履修を続ければ、恐らく卒業できるだろう。
「俺はキムラーヤ商会の跡取りだからな。アカデミー卒業の肩書きは重要じゃない。きちんと学問て奴に触れることが目的だったんだ」
トーマは本来魔術学科の生徒でありながら、一般学科の講座を積極的に履修していた。工芸学もその1つだ。
「魔術で身を立てる気もねぇ。ステファノのお陰で無理だと思った魔力発動までできるようになったしな」
「俺はきっかけの手伝いをしただけだよ。トーマのギフトと努力のたまものさ」
「へへ。気を使わなくてもいいぜ。どうせ俺のことは大店の道楽息子だと思っていたんだろう? 実際その通りだからな」
トーマはあっけらかんと言ってのけた。アカデミー入学を志したきっかけは、領主の娘であるミョウシンへのあこがれだったのだから、無理もない。
「そこまでじゃないけど……。アカデミー入学は半分遊びかなとは思っていた」
「そうだろうな。そう思われても仕方がねぇ。ただな――」
トーマはそこで言葉を切った。
「俺にとって仕事は遊びの1つなんだ。事によっては、『一番面白い遊び』かもしれねぇ」
ステファノにはそういうトーマが頼もしく見えた。決してふざけているわけでも、開き直っているわけでもない。等身大のトーマがそこにいた。
「それがエンジニアという生き物」
うんうんと、サントスが頷きながら言った。
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