第502話 トマスはなぜ攻撃しない?

 イライザは「剛力」のギフトを発動しながら、大槍を投げた。戦い方は決まっている。最大威力の攻撃で、この空間を飽和させる。


 リリースの瞬間、ギフト発動の光に身を包みながら、イライザは2秒に1投のルーチンを続ける。


 対するトマスは右手を突き出し、魔力を放出した。


「氷壁!」


 標的の前に厚さ5センチの氷の壁ができ上がった。そこに、イライザの槍が襲い掛かる。


 ドガン!


 鉄槌を振り下ろしたような音を立てて、槍の穂先が氷壁を叩いた。穂先を中心に深いひび割れが斜めに走った。


 次の一撃には耐えられまい。誰の目にもそう見えた時、それは起こった。


「光った!」


 ひび割れた氷壁に覆いかぶさるように、もう1枚。そしてその上に、さらに1枚と氷壁が出現した。


「魔術連続行使?」

「違う!」


 第2の槍が飛来するより前に、トマスの氷壁は厚さ50センチに達した。


 ガゴンッ!


 イライザの槍は刺さることなく、弾き飛ばされた。


「ギフトだ」


 サントスが言った。


「トマスがギフト持ちだってのか? どんなギフトを使ったらああなるんだ?」

「奴のイドが点滅するように光った。魔術じゃない」

「氷のギフトかい、サントス?」


 スールーが会話に加わった。その質問に、サントスはゆっくり首を振った。


「わからん。でも、違う気がする」


 サントスはもじゃもじゃ頭を、ガリガリとかいた。


 一瞬動きを止めたイライザであったが、すぐに気を取り直して、大槍の投擲を再開した。着弾した槍は氷の欠片を飛散させるものの、刺さることなく地面に落ちる。


「氷が堅い」

「それだけじゃねぇぞ。よく見ろ。欠けた部分が修復していく!」


 トーマが指さす先で、槍が削った氷の傷がみるみる盛り上がり、見えなくなった。


「氷全体の厚みも増してるぜ。どういう術だ?」

「ステファノ以外にこんなことのできる奴がいるとはね。驚いたよ」


 スールーは額を抑えて感情を吐露した。こんな時でものんびりしているように聞こえるが、本人としては随分驚いていた。


「トマスはなぜ攻撃しない?」

「サントス、何だって?」

「防御は万全だ。なのに、なぜ攻撃に出ない?」


 サントスは親指の爪を噛みながら、ぶつぶつとつぶやいた。


「魔力を練っているのと違うのかい?」


 サントスの扱いに慣れたスールーが、誘い水を向ける。爪を噛んだまま、サントスは小さく首を振った。


「魔力は動いてない。おかしい。……クールタイムか?」


 ギフトは魔視脳を酷使する、超常の技だ。長時間の行使ができないということは、常識視されていた。

 トマスはギフトを使った後のクールタイムにあるとしたら、攻撃に出ないことの説明となる。


 イライザも同じ制限の下で戦っていた。魔視脳と肉体への負担を抑えるため、「剛力」発動は大槍を投げる一瞬に限っている。

 彼女の修業は、瞬間的に激増する負荷に耐えられる肉体を作り上げることを中心にしていた。


 トマスのギフトは「ループ」という名の能力だった。記憶した動作をそのまま繰り返すことができる。

 ただそれだけの能力。


 剣を振れば、まったく同じ軌道でもう一度剣を使うことができる。槍でも弓でも同じだった。


 惜しむらくは、トマスに体を動かす才能がなかったことだ。同じことを繰り返せても、意味がない。

 三流の動きを何度繰り返そうと三流でしかなかった。


 それが理由で、トマスはギフトを以て身を立てることを諦めた。

 幸いにもトマスはギフトと魔力を使える「両持ち」だった。両親は魔術で身を立てよと、トマスを王立アカデミーに送り込んだ。


(俺の「ループ」が魔術にも使えたとは)


 ふとした偶然だった。防御魔術「氷壁」を重ね掛けしようとしたある日、「『ループ』を使ったらどうなるだろう?」と、思いついた。


 やってみると、魔力を練らずに「氷壁」を繰り返すことができた。


 これはトマスにとって驚くべき発見だった。それからは何度も試行して、発動の限界や副作用などについて研究に努めた。

 その結果、「ループ」は9回まで繰り返せるとわかった。魔術10回分の重ね掛けができることを意味する。


 制約の方は繰り返した回数分のダウンタイムがあると知った。魔術しか攻撃手段のないトマスにとって、ダウンタイムは厳しい制約である。その間彼は、ほぼ無力となってしまう。

 また、「ループ」を限界まで使うと、額の奥がずきずきと痛んだ。自分が持っている力以上のものを絞り出そうとしているせいだろうと、トマスは考えた。


(この試合で強化すべきは、防御だ)


 イライザの戦いぶりを見て、トマスはそう思った。普通の防御魔法で彼女の質量攻撃は止められない。


 トマスは「氷壁」の魔術を記憶・・し、「ループ」の能力で10回繰り返した。空間内の水気を集め、凝結・冷却する。その繰り返しだ。

 氷の壁は厚さを増し、冷却を繰り返した。その結果、氷壁の厚さが50センチに達し、極低温のお陰で氷を傷つけても新たな氷が傷口を覆うのだ。


「糞っ! 砕け散れ!」


 ひときわ強い光を発しながら、イライザは大槍を2本まとめて投じた。攻撃の効果が上がらないことに焦れたのだろう。

 しかし、無理に握った槍はきれいには飛ばなかった。1本はかろうじて氷壁を捉えたが、もう1本は大きくそれて狙いを外してしまった。


「炎よ、集いて敵を撃て! 火球!」


 ダウンタイムが終わったトマスは、落ち着いた声で火魔術の詠唱を行った。

 放ったのはありふれた火球1発。ギフトは使用していない。


 勝つためにはそれで十分だった。


(一撃でもダメージを通せばいい)


 トマスが勝利を確信して頬を緩めた時、イライザが標的の前に躍り出た。

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