第501話 いざとなったら全然役に立たなかった。

 確かにステファノは恐怖した。魔術師でもないジェニーが精神攻撃系ギフト保有者とは思わなかった。


(油断していた)


 威圧や眠気、感覚異常等の精神攻撃なら、受けてからでも対応できると考えていたのだ。いきなり魔視脳まじのうの機能を阻害されるとは予想していなかった。


(魔視脳を遮断されて、慌ててしまった)


 今になって思えば多少の頭痛や視覚異常があったものの、身体機能は普通に使えたのだ。

 鉄丸を普通の礫として投げつける戦い方もあった。


(それに……魔法が使えない時のために、魔法具を用意したんじゃないか)


 ステファノの手袋や靴には魔法付与した鉄粉が仕込んである。魔力を練れなくても、キーワードをトリガーとして魔法発動ができるのだ。


(いざとなったら全然役に立たなかった。いや、俺の心の問題だ)


 敵の前で無防備になる恐怖。それはかつて口入屋一味に捕えられ、命の危機に瀕した経験で味わった絶望だった。何もできない無力感。

 未だにその恐怖がトラウマとなって心の奥に巣食っていることを、ステファノはあらためて思い知った。


(俺は……臆病だ。危険が迫れば震えて動けなくなる弱虫なんだ)


 自分ではどうしようもない心の弱さ。苦い物を噛みしめながら、ステファノはその事実と向かい合った。


(俺は、飯屋のせがれだ。戦士でも英雄でもない。戦いが怖いのは当たり前じゃないか)


 それでも、口入屋からステファノは生きて帰った。あの頃はまだ魔法を使えなかったのに、絶体絶命の窮地を生き延びた。

 いましめを解き、一味の1人を倒したのは、身につけた経験と知識だった。


(たとえ何もなくても。魔法が使えなくなっても、やれることはある。俺は、俺にできることをやるだけだ)


 それしかできない。そう開き直ると、ステファノは肩の荷が軽くなるのを感じた。


(何が来ても、自分にできることをしよう。――それにしても、さっきはちょっとやりすぎたな)


 ステファノは苦笑いして、頭をかいた。


 ◆◆◆


(結局、ステファノに精神攻撃は効かなかったか)


 2回戦で敗れ、観客席に移ったジローはジェニーが敗退した一戦を見ていた。


(「虎の眼」とは、少し違うタイプの精神攻撃だったようだが……。あの魔獣に破られたか)


 ジローの場合は「虎の眼」を使う機会がなかった。ステファノが「霧隠れ」を使ったせいである。

 指輪に刻まれた「眼」に対象の姿を見せぬ限り、「虎の眼」の攻撃は届かない。


 霧に隠れたステファノは、それと知らず「虎の眼」からも身を隠していたのだった。


 精神攻撃系能力発動には視覚や聴覚での「リンク」が必要とされる。これはID波での干渉を成立させるために、対象の魔視脳まじのうと接触が必要だからではないか。


 ステファノはジェニーの声を聞きリンクを成立させてしまったが、雷丸いかずちまるには効かなかった。アンガス雷ネズミである雷丸の解剖学的臓器構造や、魔視脳の大きさが人間のものと大きく異なるためだった。


 従魔の存在がステファノを守った。


(アーティファクトに頼って勝ったところで、自慢にはならない)


 それはアーティファクトの勝利であって、自分の勝利とは言えないとジローは考えた。


(俺の修業はまだまだだ。魔力の錬成、術式構築、そして術の発動、魔術付与など、磨くべき課題はいくらでもある。ステファノを見て、俺の術がどれほど未熟かよくわかった)


 試合に負けたことは悔しい。しかし、得たものははるかに大きかった。

 ジローは未だかつてなかったほどに、魔術を学びたいと心から渇望していた。


「マランツ先生、またサポリに行っても良いでしょうか?」


 ジローは虚空にそっと呼び掛けた。


 ◆◆◆


 トマスはギフトの使い方を確認していた。


(タイミングだ。起動のタイミングが難しい。早すぎても、遅すぎても効果がない)


 もちろんこれまでにもギフトを使ったことがある。これまでの使い方であればミスすることはない。

 今までのやり方であれば。


(普通のやり方ではステファノに勝てない。曲芸のようだが、これを成功させなくては――)


(だめだ! 早すぎた!)


(糞っ! 今度は遅い!)


(焦るな。一定のタイミングだ……)


 ボバッ!


 トマスの足元で、青い炎が燃え上がった。


「よしっ! これだ!」


 トマスのこめかみを一筋の汗がしたたり落ちた。


 ◆◆◆


 準決勝、イライザ対トマスの試合が始まろうとしていた。


 イライザの様子に変わりはない。大槍を山積みした台車を傍らにおいて、仁王立ちしていた。準備運動も十分行ったのだろう。両肩から湯気が上がるほど、体は上気していた。


 対するトマスは緊張しているのか、具合が悪そうな表情だった。顔に汗をかいていたが、イライザのように体を動かしたせいではなく、どこか苦しそうに見える。


「あいつ、腹でも痛いのか?」


 トーマは首を傾げた。


「もしそうなら、審判に言えばいい。言わないということは、平気なんだろう」


 スールーの言うことは理にかなっている。その通りなのだが――。


「どうも、気になるぜ。あいつの様子は普通じゃねェ」


 目を凝らし、「天降甘露ギフト」を使ってみても、特段変わったことをしているわけではない。


「色が違う」

「何だと?」


 口をつぐんでいたサントスが、つぶやいた。


「イドの色が違う。あれは魔力を使う時の色じゃない。あれは――」


 最後まで語る前に、イライザ対トマスの試合が始まった。

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