第500話 イドにはイドを!

「何っ? どうした?」

「ステファノが攻撃された?」

「それは反則」


 競技者への直接攻撃はルールで禁止されている。現に、ジェニーはステファノに何かをぶつけたわけではない。

 それなのにステファノは明らかにダメージを受けている。


「……精神攻撃か」

「あぁん? ジェニーがだと?」


 ありうべき答えはそれしかないと、スールーは頷いた。ジェニーが発している不思議な声。

 それはギフトの発動条件に違いない。


「彼女は精神攻撃系のギフト持ちだ。それ以外、この状況はあり得ない」


「……ァアアアアー」

 

 ステファノが苦しんでいる隙に、長い声を発したままジェニーは最前線に進み出た。弓に矢をつがえ、素早く引き絞った。

 落ち着いて放たれた矢はステファノの標的に突き刺さる。


 ステファノは目も開けられない光の中にいた。


 試合開始と同時に押し寄せた光の波に、体全体を飲み込まれたのだ。太陽のフレアにあおられたように、真っ白な光を体中で感じる。

 光はとめどなく押し寄せていた。許容量を超えた光に、ステファノの「第3の眼」が悲鳴を上げていた。


雷丸いかずちまる……。助けてくれ!」

「ピーッ!」


 ステファノの髪をかき分けて、雷丸が顔を出した。きょろきょろと辺りを見回していたが、ステファノが苦しんでいると気づいたのか、頭のてっぺんに這い上がり、四肢を踏ん張った。


 雷丸の全身を覆う針が逆立ち、黄金色に光輝いた。


「ピィイ――ッ!」


 ステファノを襲っていた光の波が、ぴたりと収まる。


(あの声――。精神攻撃の発動条件だ。音を通じて、俺の魔視脳にリンクした。ならば……)


「色は匂えど、散りぬるを――。(音も、光も、一瞬のものでしかない)」


 ステファノはギフト「諸行無常いろはにほへと」の成句を高らかに詠唱した。すべてを手放し、成句にのみ意識を集中する。


「我が世誰ぞ、常ならむ――。(世界は移り変わり、俺自身も常に変化する)」


「有為の奥山、今日越えて――。(俺の存在は物質界に止まらない)」


「浅き夢見じ、飢干ゑひもせず――。ん――。(宇宙は幻想。実相は永遠なるイデア界にあり)」


 ステファノは全身から「始原の赤」の光を放出した。存在の根源たる陽気である。

 陽気は広がり、押し寄せるジェニーのID波を飲み込んだ。


 ジェニーのギフト「レゾナンス」は希少な精神攻撃系能力だ。特定波長の声を対象に聞かせている間、魔視脳の機能を阻害できる。同時に頭痛やめまいをもたらすものであった。


 ギフトも魔視脳の働きによる能力である。その発現にはイドが発するID波が関与していた。


(イドにはイドを!)


 ステファノの陽気はジェニーのID波を圧倒した。陽極まれば、陰に転ずる。

 ステファノはあふれる陰気を、自分の標的に飛ばした。


「ステファノの名において命じる。虹の王ナーガよ、我が標的を守れ! ナーガの鱗!」


 トーマは見た。人の胴ほどに太い、大蛇が標的に巻きつき鎌首をもたげる姿を。

 ステファノの標的は既に2本の矢を受けていた。しかし、続いて飛んで来た3本目の矢はぬるりと標的を避けた。


「くっ! どうして矢が当たらない?」


 ジェニーは焦ったが、どうすることもできなかった。


 ステファノは腰に下げた小物入れに手を入れた。じゃらじゃらと一掴みの鉄丸を取り出す。


 手のひらに載せた鉄丸に、雷属性の魔力を籠める。土属性の魔力により引力を操り、さらに雷気による推進力で加速させた。電磁加速砲レールガンである。


土生金どしょうこん飯綱嵐いづなあらし!」


 バリリッ! ドンッ!


 まばゆい光と轟音を発し、鉄丸の群れは一直線にジェニーの標的を撃った。鉄丸は音速に達し、衝撃波とともに標的を穿うがった。

 あまりの高速に鉄丸の表面は空気との摩擦で赤熱し、標的の表面を焦がす。


「雷気開放!」


 標的にめり込んだ十数個の鉄丸が一斉に高圧放電し、大気をプラズマ化した。


 バァアアン!


 視界を真っ白に染める閃光を発し、ジェニーの標的が炎に包まれた。電流は手近な金属部である鎖に流れ、一気に焼き切った。

 吊り下げていた鎖を失った標的は煙を上げながら、どさりと地面に落ちた。


「そっ、それまでっ!」


 審判が致命傷を認め、ステファノの勝利を宣言した。


 対戦相手に礼をして競技エリアを去るステファノは、勝利者とは思えぬ厳しい表情を浮かべていた。


 ◆◆◆


「うーん、どうなんだあの顔は? 勝ったのに不満そうだったね、ステファノの奴」

「思い通りに行かなかったんだろうなぁ。精神攻撃は予想してなかったな」


 ステファノの勝利を喜びたいスールーであったが、去り際に見せたステファノの表情が気になっていた。


「ステファノの思い上がり。世の中予想通りに行かない」


 サントスのコメントは手厳しい。それはステファノが自ら痛感していることでもあった。


「勝ちは勝ちだからな。俺に言わせりゃ、それで十分だと思うぜ」

「トーマは志が低すぎ。小物感丸出し」

「良いじゃねぇか、小物でも。己を知るって奴さ」


「アレは『霹靂へきれきの杖』の真似だったね」


 トーマとサントスのやり取りを無視して、スールーはステファノが放った術について自分の感想を語った。


「デズモンドの聖遺物アーティファクトか……?」

「真似というより強化版」


 サントスの見立てでは、たま数、スピード、威力の全てにおいてステファノの術の方が勝っていた。


「デズモンドの雷撃は避雷針で防がれたが、ステファノの鉄丸は避雷針など撃ち抜いて標的を破壊する。それを十数発同時に放つなど、威力過剰」


 その通りであった。「不殺ころさず」にこだわるステファノが、なぜそこまでの威力で攻撃したのか?


「怖かったのだろうね」


 スールーが目を伏せながら言った。

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