第499話 くそぅ、良い宣伝の場を逃したぜ。

 2回戦4試合目は、アニー対トマスであった。


 付与魔術を使えるアニーであったが、魔術そのものの射程は短かった。魔術を矢に載せて飛ばすしかなかったが、試合場狭しと動き回るトマスの標的に当てる腕が足りなかった。


 防御魔術も炎の壁だったため、トマスが撃ち込む火球を完全に止めることができない。


 結局手数が物を言い、トマスの優勢勝ちとなった。


「まあ、こういう結果になるだろうね」

「遠距離戦という大会ルールだからな。命中率が低くては分が悪いぜ」


 アニーが使ったクロスボウは照準器がない従来タイプだった。


うちキムラーヤ商会としては、最新の照準器つきクロスボウを使ってほしかったぜ。何しろ画期的に命中率が上がるからな。くそぅ、良い宣伝の場を逃したぜ」

「商売っ気を引っ込めたまえ、トーマ。良い道具を入手するのも実力の一部と言いたいんだね」

「まあ、そういうことだ」


 アカデミー内部に外部の業者が売り込みをかけることは許されていない。トーマは学園内部にいると言っても、今は学業が本分である。学生相手に営業して回るわけにはいかなかった。


「ああー、自分でクロスボウを持って出場すれば良かったかなあ」

「どうせすぐ負けた」

「そうかもしれねぇけどさあ」


 トーマのような「商人」でも的に当てられることを示せれば、照準器の売り上げに貢献したことだろう。


「焦る必要はないよ。良いものはいずれ世に出る。ギルモア家が軍に納める道を開いてくれたのだろう?」

「まあな。今のところはそっちへの供給で手一杯なんだが……」

「そら見たまえ。欲をかいてはいけない。ビジネスにはタイミングが大切なのさ」


 商売に関しては、スールーに一日の長がある。製品を開発したら、あらゆるところに売り込みたくなる技術者とは視点が異なっていた。

 事業に関する視野が広いスールーに、内心ではトーマも一目置いていた。


「わかったよ。商売の方はアカデミーを卒業してから、しっかり取り掛かるとするぜ」

「それでいい。僕たちの本文は学業だからね」


 トーマのもやもやが落ち着いたところで、スールーはトーナメントの状況をおさらいした。


「準決勝に進んだのは弓使いのジェニー、我らがステファノ、槍使いのイライザ、そして弓と魔術を使うトマスだ」

「ステファノは『魔法師』だが、今日の戦い方で言えば従魔と魔術の使い手ってところかな?」

「そうしておこうか。偶然にも男2人と女2人という内訳になったね」

「全員武器も使う。弓が2人に槍1人、でもって『縄』が1人」


 縄も魔獣もステファノだけの特技だった。試技会に限らず、そもそもアカデミーにそれらを使う生徒がいない。


「アーティファクト使いのデズモンドが敗退したのは残念だったね。あの『霹靂へきれきの杖』をもう少し見たかったのに」


 魔術にさほど関心がないスールーだが、希少な聖遺物アーティファクトには興味があった。主に取引対象としての価値についてだったが。


「あれならステファノにも作れるんじゃないか? 実際に使うところを目の前で見たわけだし」

「多分できる」


 エンジニア・コンビはステファノの術式リバース・エン解析ジニアリング力に信頼を置いていた。


「あんなものを量産できたら、とんでもない戦力になるよ」

「そうだな。そう考えると、しばらくは封印かぁ」

「または、時機を見て限定オークションに出品するかだね」


 スールーは行く末の展開を予言して見せた。その読みは、あながち的外れには聞こえなかった。


「何度かそんなことを繰り返している内に、ウニベルシタスってものが世に知れ渡るだろう。そうすれば、魔法具も驚きの対象ではなくなるさ」

「何にでも人は慣れる」


 サントスの言い方はシニカルだったが、一面の真実を言い当てていた。何度も見聞きすれば、どんなに新奇なものにも人間は慣れてしまう。その順応性こそが、人間をして万物の長としたのだ。


「ステファノに慣れてしまうのは、僕としては甚だ不本意なのだがね」


 スールーが笑いながら手を上げた。


 ◆◆◆


 インターバルが終わり、準決勝が始まった。1戦目はジェニー対ステファノだ。


「この試合は勝負にならないだろう」


 単純な弓矢による攻撃しかないジェニーに対し、豊富で強力な攻撃力を誇るステファノ。やる前から勝敗の行方は見えていると、スールーは言う。


「まあな。毒矢でも当てればジェニーにも勝ち目があるが、この大会では認められていないからな」


 トーマもスールーに同意した。


「相手が弱いと、目立てない」

「そりゃ、引き立て役が不足しているという意味かよ、サントス?」

「ステファノの孤独」


 強者ゆえの孤独。サントスはそう言いたいらしい。

 ダンスの名人は帽子掛けとでも踊れるという。ステファノはそこまで演出できるのか?


「ジェニーの奴が奥の手を隠していないとも限らないからな。簡単に決めつけずに、見守ってやろうぜ」


 トーマはジェニーに肩入れしたわけではない。つまらないものになりそうな試合を少しでも盛り上げようとしただけだった。

 その言葉が現実になるとは、言った本人でさえ信じていなかったのだ。


「始めっ!」


「ラァーーー……」

「うわっ!」

 

 試合開始が宣告されると同時に、ステファノは額を抑えてのけ反った。

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