第498話 サドンデスって何だい?

 イライザは長槍を投げつけ、デズモンドは雷を飛ばす。


 荷車を最前線まで押し上げたイライザは、必中の槍を投げ続けた。ガンガンとデズモンドのタワーシールドを打ちつける音が競技場にこだました。


 デズモンドは「霹靂へきれきの杖」から雷撃を発する。恐るべき速度で宙を飛んだプラズマは、鉄製のタワー・シールドに引きつけられて着弾する。激しい火花を散らし、大音響を響かせるが、標的は無傷のままだった。


「……退屈だね」


 スールーはあくびをかみ殺した。


「デズモンドはどうしようもねぇな。雷撃は全部盾に吸い寄せられちまう。それに比べりゃあ、イライザの方にチャンスがありそうだが……」

「無理筋。隙間は10センチも空いてない」


 サントスが言う通り、デズモンドの盾はやや短いため、上方10センチほどの空間を通せば標的に槍が届きそうに見える。だが、当たらない。


「あ、惜しい」


 スールーが間延びした声で言った。


 今しもイライザが投じた大槍が、タワー・シールドの上端に弾かれていた。


 そして1分の試合時間が終わりを告げた。


「やっと終わった」

「1分がこんなに長く感じるとはね」

「無駄な時間だったからな」


 3人の感想は、おおよそ観客たちの気持ちを代弁していた。もやもやした空気が漂う中、審判が試合結果をアナウンスする。


「ただいまの試合、有効打がなかったため引き分けといたします。大会規定に従い、30秒のサドンデスに入ります」


 延長戦が行われることになった。


「サドンデスって何だい?」

「1本先行勝ちってことだぜ。どちらかが有効打を決めた時点で勝者となるわけだ」

「それは良いね。今度は早く終わりそうだ」


「盾があったら、同じこと」

「よしてくれ、サントス。もう泥仕合はたくさんだよ」


 審判の裁量で、延長戦では盾の使用が禁止された。


「うん。それならすっきりする」

「イライザの方はいつも通り、質量攻撃だな。デズモンドがどう動くか?」

「サドンデス。守らないと死ぬ」


 イライザは槍を携えて開始線に立つようだ。あの投擲スピードは、デズモンドの魔術攻撃よりも早く標的に到達するだろう。


「初撃さえ防げれば、デズモンドは勝ちが見込めそうだね」

「イライザには防御手段がねぇからな」

「早撃ち対決。わくわく」


 先ほどまでとは打って変わり、3人は前のめりに試合を見つめた。


「始めっ!」


 審判の声がかかるや、その余韻が消えぬうちにイライザは槍を持って走った。


「何する気だ?」


 スールーの疑問をよそに、イライザは自分の標的の前に立った。穂先を真上に向けて槍を立て、思い切り石突きを地面に突き刺した。


「え? あれで盾の代わりかい?」


 そうしておいて、イライザは槍を取りに荷車へと走る。その間に魔力を練り終わったデズモンドは、霹靂へきれきの杖を突きあげた。


「行け、いかずち!」


 チリチリと空中の埃を焼きながら、雷気の玉が飛んだ。イライザがようやく荷車についた瞬間、雷撃が標的を襲った。

 まばゆい光が観客の目を捉える。


 ごうっ!


 一瞬遅れて、空気を揺るがす爆音が轟いた。


「それまでっ!」


 審判の号令が響き渡る。

 検分を始める審判の行く手を見れば、無傷の標的が揺れていた。


「ぬ? イライザの標的に傷がないぞ。確かに雷撃が当たったように見えたが」

「見ろ! 槍が――」


 トーマが指さす先には、穂先を失った槍が柄だけの姿で立っていた。


「……避雷針」

「そうか! 雷撃を槍の方に引きつけたんだね、サントス!」


 雷は鉄などの金属、そして「尖ったもの」に落ちやすい。イライザは雷避けとして大槍を標的の前面に突き立てたのだった。


「デズモンドの標的を見ろ」

「おお、いつの間に……!」

「雷と入れ違いに投げつけやがったのか!」


 デズモンドの標的は大槍に突き刺され、揺れ動いていた。


「勝者、イライザ!」


 審判が告げると、観客は競技場を揺るがす拍手喝さいを送った。


「今度は文句なしの勝利だね」

「ちげぇねぇ。槍を雷避けに使うとは、よく考えたもんだぜ」

「デズモンドが他の魔術で攻撃していたら、勝敗は入れ替わっていたね」


 スールーが言うように、槍を立てただけでは火球や風刃を防げない。デズモンドが避雷針の意味を悟っていれば、勝負の行方はひっくり返っていた。


「サドンデス」

「何だい、サントス?」

「先手必勝のサドンデスだからこそ、デズモンドは一番自信のある雷撃に頼った」


 最も速く、そして強力な攻撃。先手必勝というぎりぎりの状況に立たされた時、デズモンドはためらいなく霹靂へきれきの杖を選んだ。

 それを浅慮と呼ぶのは酷なことであろう。


 サントスはそう言いたかったのだ。


「脳筋じゃなかった」

「うん、今度は何だ。イライザのことかい、サントス?」

「タワー・シールドは、初めから雷撃対策」

「そうか! 鉄の盾だからな」


 パワー一辺倒の脳筋に見えたイライザは、霹靂の杖に対策を立てていた。タワー・シールドは標的を覆い隠す防壁に見えて、実は避雷針だったのだ。


「これはイライザにしてやられたね」

「うん。脳筋は脳筋でも、ある肉」

「そいつぁ、ある意味最強だなぁ」


 スールー、トーマもイライザを見直した。今後の戦いで台風の目になるかもしれないと。

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