第495話 標的を撃て、雷丸!

「2人とも落ち着いているね」

「実力では多分トップだからな」


 スールーに応えるトーマは、開始線に立つ2人からイドの動きを読み取ろうとしていた。ギフト「天降甘露」に意識を集中しようとすると、額の中心に軽いうずきを感じる。


「2人とも、まだ手の内を隠してる」


 サントスも「バラ色の未来」で2人を観ていた。こちらは両眼さえも前髪に隠れているので、何を見ているのかはたからはわからないのだが。


 ジローはマランツ流の名誉を、ステファノはメシヤ流の名声をその肩に背負っている。個人の想い、ましてや過去のしがらみなど、頭の片隅にもなかった。


 恥ずかしい試合は見せない。その思いは両者に共通していた。


 両者の間に漂う得も言われぬ緊張感に打たれ、会場の観衆も静まり返っていた。耳が痛くなる静けさの中、試合開始の宣言が為された。


「始めっ!」


 開始と同時に、ジローは台車を押して前線に出た。魔術射程の短さを補うためであった。

 ステファノは動かない。右手を伸ばして、腰の小物入れに差し込んだ。


「マランツの弟子ジロー。我が名において水を求む。集まり、寄りて氷となれ。氷柱牢アイス・バインド!」


 長い詠唱を響き渡らせ、ジローが標的を氷の柱に封じ込めた。攻撃に用いれば敵を凍りつかせる魔術であったが、この場では自分の標的を守る円柱シリンダーとなる。

 他選手が見せていた「氷結鎧ひょうけつがい」に比べて、ジローの氷柱牢の方が構造的に堅牢であった。


 もっとも生命のない標的を対象とするので使えているが、人間を守る防御魔術としては使用できない。人を守るなら、「氷壁」が適切であろう。


 守りを固めるジローに対して、ステファノは初手に攻撃を選んだ。


「標的を撃て、雷丸いかずちまる!」

「ピーッ!」


 小物入れから抜き出した右手を宙に振り抜くと、翼のない鳥・・・・・が飛び出した。

 ステファノの従魔、アンガス雷ネズミの雷丸であった。


「ここで従魔を使ったか」


 トーマには雷丸が身にまとうイドが光る雲のように見えていた。


「例のネズミ君だね? あの小ささで氷柱を壊せるかな?」

「スールー、見かけに騙されるな。あれは魔獣」

 

 サントスは前髪の陰で目を細めた。


「ステファノと同じイドの濃さ。舐めたら火傷する」


 イドの翼を生やした雷丸は、風を呼んで滑空した。


「ジローの名において命ず。炎の精よ、群なし敵を撃て! 火球の群れ!」


「水蛇よ、我が標的を守れ。氷獄コキュートス!」


 ジローの火魔術よりも早く、ステファノの氷魔法が発動した。腰帯から外した墨縄を自分の標的に向かって投げつけると、水気をはらんだ水蛇となって標的に巻きついた。

 たちまち、強固な氷が標的を封じ込める。


 氷柱牢は円筒形の氷だが、氷獄は繭のような楕円形であった。


 凹凸のない滑らかな氷ができ上がったところを、ジローが撃った火球群が襲う。その数8発。


 ドン、ドンと氷を叩き、6発が標的を守る氷獄に命中した。それぞれ氷を散らしたが、内部の標的には届かない。


「硬いね、ステファノの氷は」

「密度が高い。おそらく圧縮しながら結氷してる」

「いちいちやることが細かい奴だぜ。職人に言わせりゃ、仕込みが丁寧だと言うんだろうが……」


 トーマの感想がおそらく最も正鵠せいこくを射ている。ステファノとしては普通のやり方・・・・・・で術式を紡いでいるだけだ。その「普通」は飯屋の仕事で仕込まれた、仕事の手順を基準にしていた。


『仕込みと段取りで仕事の8割は決まる。そこで手を抜くんじゃねえぞ』


 バンスの教えはステファノの体に染み込んでいた。考えるまでもなく、体がそう動く。


 多くの術者は、「氷で防御せよ」と指示されれば「氷を作ること」を目的に術式を練る。頭の中では「氷=防御」と置き換わっているのだ。

 ステファノは違う。「氷」はあくまでも「防御手段」と考える。目的は「防御すること」だ。ならば、「よりよく防御する氷」を作るのが当然ではないか。


 さらに――。


「むっ。氷の欠損が……戻っている」


 スールーは目をみはった。ステファノが何かをしたようには見えないのに、欠けたはずの氷がみるみる修復されて、元通りの氷獄ができ上がった。


「しつこい。あれはああいう術だろう」

「自動修復機能だと? 氷だからな。理屈はわかるが、どんな術式を組めばそうなるってんだ?」


 ステファノといえども、壊れた道具を修復することはできない。氷だからこそ、欠損を新たな氷で補うことができるのだ。

 それにしても、「自動修復」とは会場の誰も見たことのない術理であった。


 スールーの見立て通り、ステファノは何もしていなかった・・・・・・・・・


 水蛇に宿る虹の王ナーガがそうした。ステファノが「かくあれかし」と念じたことを、水蛇は行う。守れと言われれば、守る。


 それだけのことだった。


(ぐっ! 守りが堅い。俺の術であの氷は……破れない!)


 ジローは唇をかんだ。在校生有数の実力者ではあったが、ジローの攻撃力はそれほど高くない。ステファノの氷獄を一撃で打ち破ることはできなかった。


(使うしかないか……)


 ジローはちらりと右手の「虎の眼」を見た。


「ピーーッ!」


 会場中の目が、上空に引きつけられた。はるか高みから急降下する小さな影。


(あれが魔獣か?)


 脅威と呼ぶにはあまりにも小さな姿であった。しかし、相手は仮にも魔獣だ。どんな攻撃力を秘めているかはわからない。


(糞っ、面倒な! 2人を相手にするようなものだ)


 舌打ちしながら、ジローは短杖ワンドを掲げた。


(五つ星っ!)


 イドをまとった空気弾が5発つらなって打ち上がった。

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