第496話 相手が小さすぎる!

 雷丸いかずちまるは小さい。その機動性を生かせば、5発の空気弾をかわすことは容易かった。覚醒した魔視脳まじのうを持つ雷丸には、目に見えぬはずの空気弾がネオンサインのように光って観える。


 だが、避けない。


 避ける必要がない。


「ピーーィッ!」


「遠当てだと? 馬鹿なっ!」


 雷丸は前方の空気弾に向かってイドの塊を飛ばした。その色は「終焉の紫」。

 束縛するイドを消し去られた空気弾は、ほどけ、膨れながら雷丸に迫る。その小さな体を吹き飛ばす空気圧となって。


 雷丸は体を包むイドの鎧を変形させた。翼をたたみ、細くとがったきりになる。


 体の小さいことを利用して、空気圧の薄い隙間に錐の先端を打ち込み、身を捻ってすり抜けた。

 一切の抵抗もなく、雷丸はするりと空気弾を潜り抜けて見せた。


「相手が小さすぎる! くっ、逆風陣!」


 ジローは攻撃を諦め、防御を強化した。既に固めた「氷柱牢アイス・バインド」の周りに竜巻を起こした。通常の風陣と違い、竜巻を天地逆さに回転させる。

 逆立ちした竜巻が形作る円錐は標的の上で閉じていた。


(制御が……。やはり倒立は難しいか)


 逆風陣は自然の摂理に逆らっていた。ともすればジローの制御を離れ、暴走しようとする。

 ジローは常に意識を集中して、術式を維持する必要があった。


(だが、これで魔獣の攻撃を防げるはず)


 ジローは歯を食いしばりながら、標的に迫る魔獣の動きを注視した。その時、雷丸が黄金色に輝いた。


 ぴしっ!


 初めに空気がきしんだ。


 続いて、世界が光った。目の前の全てが黄金色に染まった。落雷だということを知ったのは、次の瞬間だった。


 ドオーン!


 轟音などという生易しいものではなかった。競技場が揺れた。

 ジローは、足元から地面がなくなったのではないかと一瞬戸惑った。


「雷電? こんな規模でか?」


 思わず腕で顔をかばっていたジローが振りむけば、竜巻は吹き飛び、氷結牢は粉々に砕け落ちていた。


「一撃で……? 氷と風の防御を、たった一撃で?」


 台車の上で裸にされた標的が、頼りなさげに揺れていた。


(「虎の眼」を――!)


 圧倒的な攻撃力の差を痛感し、ジローは奥の手である「虎の眼」を使おうとした。右手の指輪をステファノに向ける。


「何だと! どこに消えた?」


 試合場の向こう半分は、真っ白な霧に包まれていた。水遁、霧隠れの術。

 これでは「虎の眼」を使えない。精神攻撃を行うためには、相手の姿を「虎の眼」に映す必要がある。


(そもそも攻撃のしようがない……)


 当然台車は動いている。ステファノの台車がどこにあるか、目を離していたジローにはわからなかった。


(風で霧を吹き飛ばせば――!)


「ピーッ!」


 ジローの標的にとまった雷丸が、鳴き声で存在を誇示した。体を覆う針が逆立ち、黄金色の光を発している。

 いつでも雷撃で標的を撃てるぞ、と。


「……降参します」


 ジローは短杖ワンドを納めて、一礼した。


 驚愕から醒めた観衆が、どっと歓声を上げた。


 ◆◆◆


「面白かったね。あのネズミ君がここまで戦えるとは知らなかったよ」

「そいつはみんな同じだろう、スールー? あんなちっぽけな魔獣が、どでかい雷撃をぶっ放すとはな」

「最後はジローが可哀そう。2人がかりで大人げない」


 言葉の割に、サントスは楽しそうだった。威張り散らす輩が煮え湯を飲まされるのは、この上ない見ものである。


「確かに2人がかりだね。トーマ、従魔っていうものは勝手に攻撃するものなのかい」

「さあ、俺もそこまで詳しかないぜ。だが、所詮獣さ。賢くっても猟犬くらいじゃねぇか?」


 待てと言えば待ち、襲えと言えば敵を襲う。言葉、身振り、笛の音などで指示を与える必要がある。


「ステファノは何て言ったかな?」

「確か一言、『標的を撃て』と言っただけだな」

「その一言であの行動。トーマより賢い」

「うるせぇよ!」


 信じられない判断力であり、実行力だった。


「滑空術だっけか? 空を飛ぶことは研究報告でわかっていたがよ。あんなに・・・・飛べるとはな」

「鳥より自由」

「攻撃力にも驚かされたよ。すごい雷撃じゃないか」


 スールーには見えなかったが、サントスとトーマは遠当ての攻防にも気づいていた。


「俺は授業で先生が使う『雷電』を見せてもらったことがある。アイツの雷電ははるかに強力だぜ」


 中級魔術としての最高レベル。雷丸の一撃は、それだけの威力があった。

 それを手のひらより小さいネズミ・・・が使っていた。


「魔獣つっても小ネズミ1匹。大した戦力にならねぇと思ったが……。小さいことが武器になることもあるんだなぁ」


 トーマは腕組みをして唸った。殴る、蹴る、噛みつくという戦いであれば、体が大きく、力が強いものが有利だろう。

 だが、魔術は体力と関係がない。小さい体だろうと、非力だろうと、魔力さえ練れれば術は発動する。


「むしろ小さい方が怖い」


 ぼそりとサントスが言った。


 今の試合がそうだった。遠当てを撃っても、小さな体を利して、隙間を縫うようにかわされた。

 高速で飛ばれれば、視認することさえ難しい。


 その癖、攻撃力は一流だ。試合では見せなかったが、雷丸は雷気をまとって体当たりすることもできる。

 自分の意志を持って。


 投擲術とも魔術とも異なり、空中で自在に軌道を変えながら敵を撃ち抜くことができるのだ。


「これは反則に近いなあ。ジローは2人のステファノを相手にしたようなものじゃないか」

「分身みたいなもんだからな。普通じゃ勝てそうもねぇぜ」


 聞けば聞くほど、スールーはあきれ顔になった。しかし、獣魔術は立派な戦闘技術であり、反則ではない。

 ステファノの術が特殊過ぎるだけだった。


「……限らない」

「えっ? 何だって、サントス?」

「従魔は1匹とは限らない。100匹従えたら、国を落とせる」


 それは恐ろしい想像だった。

 普通のテイマーであれば、2匹の従魔でさえ同時に使えないだろう。名人なら3匹、あるいは5匹同時に使えるだろうか?


「ステファノだからな。やろうと思えば、100匹でも使えるのではないか?」


 言いながら、スールーの背筋に寒気が走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る