第493話 その1本が命取りになるかもな。

 2回戦第1試合は、ハンナ対ジェニーの女子対決だった。


 魔術師対弓使いの顔合わせである。


「1回戦ではどちらも作戦勝ちだったね」

「確かに上手かった。図抜けた力はねぇけどな」

「せこせこ同士」


 相変わらずサントスは容赦ない。


「手数と飛距離でジェニーが有利じゃねぇか?」


 トーマはこの戦いを弓が制すると見る。


「一方で、ハンナには防御魔術があるよ。『風陣』だったか」


 トーマがジェニーを推せば、スールーは負けじとハンナを擁護した。


「昼飯1食分賭けるか?」

「乗った!」

「聞いたな、サントス?」


 その場のノリ・・で、スールーとトーマは互いの推しの勝利に昼食を賭けることになった。


「始まる」


 サントスの声を聞き、2人は競技場に目を戻した。


「始めっ!」


 開始と同時に動いたのはジェニーだ。前回同様、自分の台車を自陣最後方までガラガラと下げる。

 ハンナは逆に最前線へと台車を動かした。


 エンドラインまで下がったジェニーの方は、台車を蹴りつけて横に走らせ、自分だけ最前線に向かって走り出した。ハンナの方は瞑想を続けている。


「2人とも、やっていることは1回戦と同じだね。ここからどうなるか?」

「それにしても、ハンナの瞑想はかったるいな。サクッと魔力を練れねぇもんか?」


 ジェニーがフロントラインに到達し、間髪入れず矢を飛ばし始めた。


「お? 今回は精神集中を省略しやがったな。慣れたのか?」

「トーマ、距離が違う。前回はベースラインからの撃ち合いが前提だった。今回はすぐに前に出ただろう?」


 最後方同士なら互いの距離30メートル、今回ジェニーから標的までの距離10メートルだ。その差は大きい。


 ジェニーの標的は無防備に揺れていた。それでもハンナは瞑想を続けている。攻撃よりもまず防御魔術を固めようとしていた。


 風陣の魔術が完成したのは、ジェニーが2本目の矢を突き立てようとした時だった。


「風陣が間に合ったね。当たったのは最初の1本だけだよ」


 ふふんと、スールーが鼻を鳴らした。


「その1本が命取りになるかもな。ジェニーにとって射程の短さが持つ意味はでかいぜ?」


 トーマの言葉は正しい。ジェニーは今回わずか10メートル先の的を相手にしている。命中精度と矢の威力が最大化していると言って良い。

 ハンナがジェニーの標的に相当なダメージを与えない限り、この試合に勝つことはできない。


「風魔術しか使えないハンナには不利な戦いじゃねぇか?」


 最前線に立つハンナから標的までの距離は20メートルある。通常、彼女の風魔術は10メートルまでしか効果がなかった。


「また、『風雪崩かぜなだれ』で逆転を狙うかね?」


 この先の展開を読んで、トーマはスールーに水を向けた。

 竜巻を押し出し、上空から雪崩のように襲い掛かる風雪崩であれば、射程不足を補うことができる。威力についても矢数本分のダメージを与えられるはずだ。


「……厳しいかもしれない。ジェニーの攻撃があと1、2本通って来たら……」


 風雪崩の破壊力では逆転できない。スールーはそう見積もった。

 今のところハンナの風陣はジェニーが放つ矢をはねのけている。しかし、竜巻の密度は均一ではない。風の弱い部分に当たれば、矢は竜巻を突き抜けて標的を捉えるだろう。


「だが、標的に当たらねぇな。どうしてだ?」


 ジェニーの優勢を信じるトーマだったが、あいにく矢が竜巻を通らない。前の試合で方向を変えられていた水球とは違い、文字通り弾き飛ばされてしまう。


「矢が軽すぎる」


 しばらく眺めていたサントスが言った。


 水球の質量と比べると、ジェニーの矢は軽すぎると言うのだ。そのために竜巻の横風を受けて、飛ばされてしまう。


「元々、遠くまで飛ばすために矢は軽く作られているから」


 軽く作られた矢柄や矢羽根が、この場合は貫通力を弱めていた。


「ふうむ。どうやらそれだけじゃねぇらしい」


 目を細めて風陣を見つめていたトーマが顔を上げた。


「ハンナの奴、竜巻を微妙に躍らせてるぜ」


 竜巻を目でとらえるのは難しい。霧や砂塵をまきこんでいれば周囲と色が異なるが、そうでなければただの風だ。はっきり肉眼に映るものではない。


 トーマはギフト「天降甘露てんこうかんろ」を駆使して、魔力的な現象として風陣を観察したのだ。


「竜巻を動かしているのか? 何のために?」

「弱点を塞ぐためだろうな」


 まだらに存在する「なぎ」のスポット、そこを狙われないようにあえて竜巻に揺らぎを与え、振動させる。それがハンナの作戦であった。


 ジェニーには魔視まじの能力がない。偶然にホットスポットを引き当てぬ限り、風陣を突破することができなかった。

 焦りを感じているかどうか、ジェニーの顔色は変わらない。淡々と3秒に1射のペースで、矢を放っていた。


 そのまま時間が経過し、試合時間は残り10秒となった。


「風よ、集いて敵を襲え! 風雪崩かぜなだれ!」


 この瞬間を待っていたハンナは、声高々と宣言した。結局、ジェニーの矢は最初の1本しか標的を捉えていない。


「どうなるんだ、これ?」


 スールーが小声でつぶやいた時、ジェニーが弓を引き絞った。


 ハンナが練り上げた魔力が大きくうねり、竜巻を高く押し上げる。限界まで伸びあがった竜巻は、雪崩のように頂点から崩落して標的を襲った。


 ひょう


 ジェニーの弓から矢が放たれた。竜巻に妨げられることなく、吸い込まれるように標的に突き刺さる。


「なぜ?」


 風陣が破られた光景を見て、スールーが疑問の声を上げた。

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