第492話 ステファノは矛盾の塊。

 霹靂へきれきの光が収まると、標的を覆っていたはずの氷はどこにも見当たらなかった。そればかりか、標的の表面がまだらに焼け焦げている。


氷結鎧ひょうけつがいを一撃で吹き飛ばしたのか?」

「いや、雷撃の高温で蒸発した」


 サントスが低い声でトーマの推測を修正した。プラズマは瞬間的に超高温となる。あの程度の氷なら、一気に蒸発させることができるのだ。

 その瞬間に水蒸気爆発が起こり、大音量が発生する。


「聞きしに勝る威力だね。超高温と水蒸気爆発か。標的が受けるダメージは甚大だ」

「あ、降参した」


 霹靂の杖の威力を見て、マーフィーが両手を上げて降参した。

 彼にはデズモンドの攻撃から標的を守る手段がない。同時に、デズモンドの標的を攻撃する手段もなかった。


「妥当な判断だね。生身の体であの一撃を受けたら、戦闘不能は必至だった」

「下手したら、再起不能」


 対人攻撃を禁止した「試技会ルール」だからこそ、マーフィーは怪我なく競技エリアを去ることができた。


「なるほどなぁ。聖遺物アーティファクト級の魔道具ってのは、すげぇもんだな」


 トーマは初めて見るアーティファクトの威力に感嘆していた。


「それに匹敵するものを、ステファノは1人で作れるわけだね」

「国宝級の変態だ」

「国中が騒ぎになるはずだぜ。まったくとんでもねぇ」


 トーマは思わず首から下げた護身具タリスマンを、服の上から右手で押さえた。

 あの霹靂でさえ、ステファノがくれた「ただの銀貨」は受け流してしまうだろう。


「それなのに、あいつは護身具を使わずに戦うつもりだ」

「護身具の存在を隠し通すつもりらしいね」

「その癖、試合には出る。支離滅裂」


 サントスがこき下ろすように、言った。秘密を守りたいなら目立つことを避けていれば良い。魔術試技会で注目を浴びる必要はないはずだった。


「ステファノは矛盾の塊。でも、面白いから許す」

「本人は大まじめにやってるからな。悪気がないのが取り柄か」

「トーマ、悪気がない方が厄介ってこともあるよ?」


 ステファノのことを語り出せば、3人とも苦笑するしかなかった。


「ステファノにはステファノの苦労があるのだろう。僕たちくらいは応援してあげよう」


 スールーの言葉が3人の気持ちを代表していた。


 ◆◆◆


 1回戦の第7試合は女性同士で、アニー対クレアの戦いであった。両名ともクロスボウを携えていたが、アニーは魔術師でもあった。


 試合はクロスボウの撃ち合いになったが、アニーは火魔術を矢に載せることができる精妙な術師だった。クロスボウの腕ではクレアが勝っていたが、総合的な威力でアニーに軍配が上がった。


「武器に魔術を乗せられるというところが大きかったかな」


 ここまでの試合で始めてみた複合技だった。ステファノのみずちを除いては。


「あれを当たり前にやっているステファノが特別なんだね」

「ただの縄が魔獣に見えるからな」

「童顔の魔王」

「いや、魔王じゃねぇだろう」


 悪ノリするサントスに、トーマが突っ込んだ。


「あえて言うならば、『虹の王』なんだろうね。彼のアバターだと言う」

「ナーガってのはの王様だよな。7つの頭があるんだっけ?」

「6つの属性魔力と『始原の赤』、つまり陽気を虹の七色に例えたそうだ。それを統べる存在がナーガだとね」


 古代、虹を大蛇の魔物と見なす迷信があった。

 空にかかる巨大なアーチ。古代人はそれを見て人知を超えた力を感じたのだ。


「すべてはイメージの問題なんだろう。ステファノが・・・・・・どう感じるか・・・・・・というね」

「魔術はイメージのたまものと言うからな」


 スールーの感想にトーマは同意した。ふさわしき力があれば、イメージは現実となる。

 それが魔術の世界だった。


 第8試合はミリア対トマス。魔術師同士の男女対決であったが、動き回りながら火球と氷弾を連発するトマスの機動力が試合を制した。

 一撃の威力に勝るミリアであったが、トマスの手数と命中精度がこれを上回った。


「うーん。俺としてはミリアの方を応援していたんだが」

「生身同士の真剣勝負だったら、どっちが勝つかわからないがね」


 本人同士が戦えば、一発被弾するたびにダメージを負う。ミリアの重い攻撃を受けてトマスが果たして反撃できたか?


「それもルール。今日はトマスの勝ち」

「そういうことだ。たられば・・・・はないのさ、トーマ」


 1回戦8試合が終了し、すべての出場者が出そろった。勝者は、ハンナ(女)、ジェニー(女)、ジロー(男)、ステファノ(男)、イライザ(女)、デズモンド(男)、アニー(女)、トマス(男)だった。


「ステファノは2回戦でジローと戦うのかよ」

「因縁の組み合わせだね」

「腐れ縁」


 トーマの見立てでは、ジロー、ステファノ、デズモンドの3人が実力で際立っている。2回戦で早くもステファノと当たるジローは、つくづくついていないと言うべきだった。


「何だかなぁ。相性が悪いんだろうな。ジローの奴がかわいそうになるぜ」

「本当かい? 君はジローを毛嫌いしていたと思ったが」

「嫌いだけどよ。せめて決勝戦で負けるなら、悪役なりに華があるじゃねェか」

「相手が悪い。どこで負けてもかませ犬で終わる」


 サントスもトーマ同様、ジローには悪い印象しか持っていなかった。


「ステファノは『うまさ勝ち』しようと言うのだから、ちょっとは見せ場を作れるんじゃないか?」

「いきなり標的を丸焦げにしたりはしねぇか」


 3人がステファノの勝利を信じる気持ちに、微塵の疑いも入りこむ余地はなかった。


 ジローが魔道具「虎の眼」を持つことを、この3人は知らなかった。

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