第487話 あいつ、加減してるな? 威力が小さい。
競技場に入ったステファノは、毎度おなじみの道着姿だった。いつもと違うのはヘルメスの杖を携えていない点である。かさばる杖は台車を操作する邪魔になるので、今回は置いて来た。
その代わりに、腰の帯には墨染の縄を巻いたものを下げている。いつもは杖に結んで運んでいるものを、身につけて来たのだ。
(今日の試合では、この「
イドをまとわせれば、思い通りに「杖」となり、「鞭」となる。
(水を含ませれば、ヘルメスの杖以上に雷気を通す。武具としての応用性は「蛟」の方が高い)
ステファノが身につけたイドの制御と変幻自在な魔法行使能力があってこその性能であった。
試合開始前の時間、ステファノは試合相手であるエトワールを観察した。彼女はステファノとはタイプの異なる武術着を身につけていた。
(あれって、やっぱり武術をやる人の服装だよね)
薄手の上下は体にフィットした伸縮性のある素材に見える。手首、足首にまで生地が及んでおり、先の方で締まっていた。
(あの服だと組打ち系ではないよなぁ。つかみ合いには向いていない)
腰には革のベルトを締め、そこに蓋のついた小物入れのようなものを下げていた。
(歩くときにじゃらじゃら音がしたところを見ると、投擲用の武器を入れているのかな?)
入れ物の大きさから見て、ダガーのようなものではない。もっと小さな得物を入れているはずだ。
(あの人は魔術試射場で見かけたことがある。魔術と投擲の両方を警戒する必要があるね)
ステファノは自身が訓練する夕刻以外にも、「勉強」のために試射場に出入りしていた。その際はもっぱら見学に回り、他生徒の術を観察する。
アカデミー生のレベルを確認する目的であったが、他人の術行使を見ることは自分を振り返る契機にもなった。
術の出し方、術式の構成など、他人のやり方から示唆を受けることがある。
(彼女は魔術では「上の下」くらいの実力だったか。投擲は見たことがないな)
武術の方は校外の道場で修練しているのかもしれない。何が飛んできても対応するべく、ステファノは視野を広くすることを心に留めた。
試合前の準備として、競技者の2人は標的と同じ素材の防護服を着ぐるみのように着せられた。帯やベルト、そこに下げていた物入れなどは改めて防護服の上から着用しなおす。
ステファノが締め直すのは帯なので、多少胴回りが太くなっても問題なかった。相手のエトワール嬢はベルトの穴を合わせるのに苦労していたようだが。
やがて双方が競技エリアに案内され、ついに試合が始まった。
「始めっ!」
先手を取ったのはステファノだった。
たん、たん、たん、と右手から3発の
このスピードに対しては、エトワールの防御構築が間に合わない。イドの盾を使うこともできない彼女は、台車を横に引いて遠当てを避けようとした。
「遅い!」
トーマはエトワールの回避が間に合わないと見て取った。
ステファノは3発の空気弾を水平方向にわざと散らしていた。左右どちらに逃げても、1発は当たる。
どーん!
見えない弾を受けて、エトワールの標的が揺れた。
「あいつ、加減してるな? 威力が小さい」
トーマが不満そうに漏らした。
「この期に及んで目立つことを避けているのかね?」
スールーも不思議そうに言った。
「今更だと思うんだが……」
エトワールは悔し気に唇をかんだ。衝突ルートの空気弾に対して、横から陰気である光属性の気を浴びせたのだ。しかし、魔術ではない空気弾には効き目がなかった。
より密度の高いステファノの陰気を押し流すには力が不足していたのだ。
(悔しいけど、魔力合戦では力負けする……)
彼女は腰の物入れに手を突っ込んだ。
(投擲が来る!)
ステファノは霧隠れの術を使った。ガラス窓が曇るように、ステファノと台車全体を白い霧が押し隠す。
(逃がさない!)
物入れから抜き出した右手を、エトワールは目にも留まらぬ速さで水平に振り抜いた。彼女の手から放たれたのは5個の「撒きびし」であった。
ステファノのお株を奪うように、水平方向にばらまかれている。
単純に逃げるだけでは
(次の攻撃手順も、こちらでもらう!)
水魔術に精神を集中しつつ、エトワールは追撃弾となる撒きびしを右手に掴んだ。
その時――。
ドォーン!
ステファノを包む霧の中から空気を震わせる爆発が起こった。白い霧が爆風に吹き飛ばされる。
(土魔術で撒きびしをはねのけた? まだまだっ!)
エトワールは更に5発の撒きびしを投擲した。
だが、霧が晴れた後にステファノの姿はない。
「何っ! 消えただと?」
霧と爆発。2つの現象にエトワールの注意は引きつけられていた。既にステファノの実体がそこにないとも知らずに。
「いや、違う! 上だ!」
ステファノは競技場のはるか高み、その空中にあった。
「うわあ、台車ごと跳びやがった!」
トーマが驚きの声を上げた。観客席がどよめきに揺れる。
土魔法による高跳びの術であった。自分の体と標的を載せた台車の両方に土魔法をかけ、引力を相殺した。
(金生水! 朽ち縄縛り!)
跳びあがりつつ、ステファノは腰の「蛟」を解き、くるりと回して眼下の標的に向けて投げた。墨縄にはステファノが呼んだ水気がしみ込んでおり、雷気をはらんで火花を散らしながら宙をかける。
さながら雷を呼ぶ龍の如し。
「糞っ!」
罵りながらエトワールは台車を引こうとしたが、既に自陣の端に達しており、後がない。初手の遠当て攻撃により、追い詰められていたのだ。場外に出れば失格となる。
「ええい! 撃ち落としてやる。火球!」
エトワールは飛来する蛟に向けて火球を飛ばした。魔力を乗せていても「蛟」自体はただの縄だ。
火球が当たれば吹き飛ばせると、彼女は考えた。
「水剋火!
ステファノは
ステファノにとって、体の延長も同様であった。
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