第488話 あんな水魔術はねぇよ。

 その時会場にいた人間で、「魔視まじ」の能力に優れた者は空間にこだまする龍の咆哮を聞いた。


 ごう


 王者の威圧と共に放たれた奔流ブレスは、エトワールの火球を飲み込んだ。その上で、いささかも勢いを減ずることなく、台車に載せられた標的を撃った。


 ゴオン!


 梵鐘を突くような低音とともに、水魔法が標的を揺り動かす。標的を守っていた氷の鎧は中心部から砕けて、下半分ががらりと崩れ落ちた。


 ほとんど間を置かず、むき出しになった標的の胴体に「みずち」が絡みつく。


 バリバリッ!


 朽ち縄の術が生み出す交流電流が標的に走り、高熱を生んで標的の表面を焦がした。残っていた上半分の氷も溶け落ちてしまった。


「ああっ! 糞っ! 撃ち落としてやる!」


 蛟は標的に絡みついて離れない。残りの試合時間の間、ダメージを与え続けるだろう。エトワールにできることは空中を下りて来るステファノの標的を狙うことだけであった。


 ステファノとその台車はふわり、ふわりとゆっくり下降している。真っ直ぐ落ちてくる標的はまったくの無防備であった。


「火球! 火球! 火球っ!」


 エトワールは続けざまに火球を放つと、最後の一発に合わせて5発の撒きびしを力の限り飛ばした。

 彼女は武器に魔力を乗せることができない。火球と撒きびしは別々の攻撃として放たれた。


 魔術と物理のコンビネーション。それはそれで、同時に放たれれば防ぎにくい攻撃ではあった。


水剋火すいこくか! 水蛇みずへび!)


 ステファノは空中で右手を伸ばし、水魔法を放った。イドで固めた空気弾に水魔法を付与したのだ。

 蛇のように長く伸びた水の帯が、身を躍らせて火球の群れを弾き飛ばす。水蛇は更に身をくねらせ、尾を振って後に続く撒きびしをも叩き落した。


「何だ、アレは? 水魔術ってのはあんなに自在に動くものかね?」


 スールーが目を丸くした。観客の大半も彼女と同じ驚きを味わっていた。


「あんな水魔術はねぇよ。ステファノの独創オリジナルだろう」

「まるで生き物」


 トーマもステファノが攻撃魔法を使うところを見たことはない。その不思議な動きに度肝を抜かれていた。

 サントスの目には水蛇がまとうイドが映っている。彼の目にはなおさらに生き物のように見えていた。


 意志ある魔法。ステファノがかくあれかしと術を放てば、それは魔核マジコア虹の王ナーガの意志として宿る。

 まとっているイドは無意識の自我である。命令しなくともアバターとしてステファノの求めるところを為す。


 撃ちっ放しの魔術とは根本が異なっていた。


 エトワールの攻撃を排除してなお勢いを失わぬ水蛇は、カウンター攻撃を仕掛けた。敵の標的目掛けて、空中から襲い掛かる。


 攻撃を発したばかりのエトワールは防御魔術を繰り出す余裕もなく、水蛇に攻撃を許してしまった。

 蛇が獲物の喉元に食らいつくように、水蛇は標的を捉え、絡みついた。そのままとぐろを巻くように、ぎりぎりと絞めつける。


「糞っ!」

「氷結!」


 ステファノが宣言すると、水蛇の体が凍りつき、そこから標的全体にめきめきと氷が広がった。たちまち10センチもの厚さとなって、標的全体を氷が封じ込めた。


「それまでっ!」


 1分の試合時間経過と同時に、ステファノとその台車は試合場の地面に降り立った。


 検分するまでもなく、ステファノの勝利であった。


 ◆◆◆


「圧勝なんだけど、何だかもやもやするね」


 ステファノの初戦を見届けたスールーが言った。


「ジローと同じように、わざと・・・相手に攻撃させた感じがする」

「そうだな。防御ができるというところを見せつけるためだろう」


 ステファノの実力なら、初撃で有無を言わさず敵を粉砕できたはずだ。それでは「強さ」が伝わらないので、あえて攻防につき合った。スールーたちはそう推測した。


「本来は護身具タリスマンだって使えるわけだからね」


 スールーたち情革研メンバーは、ステファノから防御魔術を籠めた護身具を受け取っている。アーティファクトと同格のそれはメシヤ流の秘密であり、魔術試技会では使えない。


 だが、「防御魔法」である「虹の王ナーガの鱗」は別である。特殊なオリジナル魔法として、その存在を誇示しても問題はない。


「氷壁魔法もステファノが使えば難攻不落の防壁になる。攻撃には魔獣の雷丸を使えるしな」


 トーマはまだ見せていないステファノの手駒を指摘した。


「小出しにする気か」


 ぼそりとサントスが呟いた。


「そうかもしれないね。一度に披露すると、観客の理解が追いつかない。メシヤ流に慣らしながら、徐々に実力を示すつもりのようだ」

「面倒なことだぜ。問答無用でぶっ飛ばしちまえば良いのによ」


 スールー程気長でないトーマは、単純明快な決着を好む。


「だが、それでは面白くないだろう? 盛り上がりようがなくて、無粋というものだろうさ」


 御前試合を見物する殿さまのように、スールーが言う。彼女の中では、魔術試技会も催し物に過ぎないのかもしれない。


「何事も盛り上がりが大切だよ。そのためには演出に気を使わないとね」


 演出。一方的に勝つことを避け、そこはかとなく攻防を繰り広げる。それがスールーの言う演出であった。


「今回の山場は水蛇という術か?」


 試合を振り返ってサントスが言う。


「おう。あれは驚いたね。生きているどころか、意志を持つように見える水の塊とは」

「意志はあった」


 スールーが受けた印象をサントスが肯定した。


「何だって?」

「俺のギフト、『バラ色の未来』が観た。あいつには自我イドがある」

「おいおいおい……!」


 サントスはステファノの発表を思い出していた。


「多分あれがステファノの言う『アバター』」

「ああ、分身という奴か?」

「術が意志を持つということかい? それはまた奇天烈きてれつな……」


 3人は同じ結論に到達した。


「ステファノだからな。仕方がない」

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