第486話 あの勝ち方はどうなんだ?

「風よ集え、竜玉りゅうぎょく!」


 始めてジローが呪文を詠唱した。


 再び台車を発動体として風が巻き起こる。標的の前方に横向きの渦が生まれ、飛んで来るひょうを巻き込んだ。

 渦は激しく回転しながら飛び、中心に向かって小さくなっていった。


 しかし、回転の勢いが弱まったわけではなく拳大の玉になってそのまま飛んで行った。


「うっ! 守れ、氷壁!」


 ウォルシュは自分の術を破られたのを見て、慌てて氷壁を強化しようとした。ひび割れた氷壁の足元から、覆いかぶさるように新しい氷壁が伸びていく。


 しかし、成長が間に合わない。


 ゴウッ!


 ジローの竜玉が氷壁中央のひび割れに直撃した。


 バキバキ……ッ!


 強度が落ちていた氷壁は竜玉の勢いにひとたまりもなく、ハンマーを受けたガラス細工のように砕け落ちた。


 飛び散る氷の破片を巻き込みながら、竜玉はウォルシュの標的に命中した。

 バリバリと音を立てて渦を広げながら標的を刻み、切りつける。


「竜の爪のようだな」


 スールーの言葉通りであった。


 ウォルシュが守る標的は胴体を同心円状に切り刻まれ、大きなダメージを負っていた。

 一方、ジローの標的は竜玉に巻き込まれなかった雹がいくつか当たっただけで、無傷も同然だった。


「勝者、ジロー・コリント!」


 標的を検分した審判が、ジローの勝利を告げた。


 ◆◆◆


「ジローの圧勝だったね」


 試合を見届けたスールーが感心したようにつぶやいた。


「確かにそうだが……あの勝ち方はどうなんだ?」

「無駄が多い」


 トーマの疑問にサントスが辛口の批評を返した。


「最初から前に出て『竜玉』を使えばいい」

「そう言われれば。ウォルシュが氷壁を築く前に竜玉とやらをぶち込めば良かったのか」


 試合の流れを反芻しながら、スールーは頷いた。


 試合開始直後、ジローは何もせずウォルシュが防御を固めるのを許した。無防備のまま相手に攻撃までさせている。

 作戦上無意味な行動であった。


示威行動デモンストレーションってことなんだろうな。こんなこともできるぞという」


 トーマの声にはいくらかの反感が籠められていた。わざと手を抜くようなジローの試合ぶりが気に入らないらしい。


 ジローは、相手の攻撃をいなし、打ち消し、そして吹き飛ばした。多彩な防御力と、圧倒的な攻撃力を示したのだった。


「いつでも勝てるっていう態度が気に入らねぇな」

「試合というより、『指導』」

「は? 師匠のつもりだってことか? 随分と余裕だな」


 トーマは鼻を鳴らした。


「ステファノの奴、『圧倒的な勝ち方を目指す』とか言っていたな。ジローみたいに戦うつもりなら応援する気がなくなるんだが」

「心配ない。あいつのは『圧倒的』より『変態的』になる」

「僕もサントスに賛成だ。どうせステファノは突拍子もないことをやってくれるさ」


 サントスとスールーのステファノに対する「信頼」は揺るぎなかった。


「それよりも、ジローの戦い方を見ていて、『隙』がありそうに感じてね」


 スールーは目を細めて言った。


「先ず射程距離が短いのじゃないか?」


 最後の決め手である竜玉を放つ際、ジローは開始線から動いて自陣最前線に立った。これは開始位置の距離20メートルでは効果的な攻撃が届かないためではないか。


「だとすれば、最初に後退しておけばジローの攻撃を防げることになる」

「可能性はあるな。射程とか威力とかは訓練で簡単に伸ばせるもんじゃないからな」

「空気弾なら届く」


 氷壁に穴を開けた空気弾は20メートルの距離で効果を発揮していた。もう少し遠くの的にも届くかもしれない。


「問題は威力だな。竜玉ももう少し遠くまで届くかもしれないが、当たったところでどれだけのダメージを与えられるかが問題だ」


 距離が延びると、魔術の効果は急激に減衰する。最後、一撃で氷壁を砕き、標的にダメージを与えるために、ジローは前進しなければならなかった。


「ふむふむ。細かいポイントの取り合いならコツコツ魔術を当てるのもありだが、攻撃力の高い相手には通じにくいね」


 トーマの分析にスールーが納得した。


「もう1つ。防御力に課題がありそうなんだが」


 ジローの防御は多彩で、一見上手そうに見えた。だが――。


「被弾しているからね」


 ウォルシュが放ったひょうの群れを竜玉で蹴散らしたのは良いが、消し損ねたいくつかの弾を被弾してしまった。


「今回は敵の攻撃力が低かったが、相手によっては致命傷を受けるかもしれない」

「ウォルシュがやったみたいに、壁を作って隠れれば良いんじゃないか?」

「そう思ったんだが……それができないんじゃないか?」


 水魔術を使えない。それがジローの弱点になるのではないかと、スールーは指摘した。


「うーん。本当に使えないのか、それともあえて使わなかったのか?」

「次の試合ではその辺が勝負の分かれ目になるかもしれない」

「お手並み拝見」


 競技場では次の試合が準備されていた。いよいよステファノの登場であった。


 ステファノの相手は2年生の女子で、魔術師でありながら武術も身につけていた。将来は王立騎士団への入団を目指しているエトワールという貴族子女であった。


「エトワールが相手か。生真面目な奴で、武術の方はかなりの腕前だと聞いたぞ」


 スールーの情報網にはエトワールのことも含まれていた。


「武術って言っても剣や槍では試合の役に立たないだろう? 飛び道具を使えるのか?」

「確か投擲術も学んでいるはずだ」

「投擲なら両手がふさがることはないか」


 弓矢に比べれば行動の自由が利く。


「ステファノなら相手の魔術を完封できるだろう。投擲をどうやって防ぐかが見どころか?」


 トーマはステファノが見せるであろう防御魔術に興味を寄せた。


「どうせ変態魔術。間違いない」


 サントスは相変わらず平坦な声だが、どこやら嬉しそうだった。

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