第457話 異国訛りの男に救われたと言っておった。

「ジロー? 誰だ、そいつは?」


 聞いたことのない名前が出て来て、ダニエルは戸惑った。


「わしの弟子だ。わしが魔術の手解きをした、コリント伯爵家次男だが……」

「そいつ、いや、その方・・・がどうした?」


 突然お貴族様が関わる話になって来た。ステファノと世捨て人の話だったはずだが……。

 ダニエルには伯爵家次男が登場する脈絡がわからなかった。


「この秋、王立アカデミーに入学すると言って、わしの見舞いがてら挨拶に来たのだ」

「その人がどうしたと聞いてるんだ」

「異国訛りの男に救われたと言っておった」

「何?」


 そう言われても、ダニエルには話が見えない。順序だてて説明させてみると、海岸で魔術師の少年と争いになり、巨大な水魔術で襲われそうになったところを、異国訛りの男に救われたという話だった。


「魔術師の少年だと? そいつの、そいつの名前はわかるか?」

「たしか、エステバン……いや、ステファノ! そう言っておった」

「そいつだ!」


 ついにステファノの足跡を見つけ、ダニエルは興奮を爆発させた。


「そいつが俺の知り合いだ! サポリに来た時には、もう・・水魔術が使えたんだな? それで? その後、2人はどこへ行った?」


 息せき切って尋ねるダニエルであったが、マランツの返事はそっけなかった。


「知らん。ジローも2人が立ち去るところを見ていないそうだ」


 大波に飲み込まれ、気がついたら2人ともいなくなっていた。ジローはそう言った。


 ◆◆◆


 ダニエルは海辺に来ていた。


 結局、それ以上のことはマランツから聞けなかった。ステファノの足取りは海辺で途切れた。

 せめてステファノがいたという海岸に立ち、その景色を見てみようとここまでやって来たのだった。


 岩がゴロゴロと転がる浜辺に、静かに波が寄せていた。


 5カ月前の足跡が残っているはずもなく、ステファノがここにいたという名残はどこにもない。

 ただ、波の音が風に乗って響いていた。


 陽を受けて白くきらめく波頭をしばらく眺めていたが、やがてダニエルは虚しさに脱力した。


 ため息をつきながら、乾いた砂地に腰を下ろす。


(俺は何をしにここまで来たんだか……)


 調べがついた事実はある。ステファノはヨシズミという魔術師に、ここで出会った。

 ヨシズミとは「千変万化」の二つ名を持つ、歴戦の魔術師であった。


 二つ名までわかるとなれば、ヨシズミの過去をさかのぼることはできるだろう。


 ステファノはヨシズミに魔術の手解きを受けたに違いない。2人はなぜか一緒にまじタウンへと移動した。

 そして、旅の途中でダレン親子に出会い、得体の知れない術で娘のチェルシーを毒から救った。


 そういう「流れ」が存在したということは、ダニエルにも想像がついた。しかし、そこまでだ。


 ステファノとヨシズミの間に、一体何があったのか? ステファノはどんな修行をして、短期間で魔術を身につけたのか? ヨシズミは呪タウンに行って、何をしようとしているのか?


 肝心なことは何もわからない。


(間抜け面のステファノのことなど、すぐに調べがつくと思ったんだが……)


 もう一度ため息をつくと、ダニエルは重い腰を上げた。


(今夜はサポリに泊まって、明日帰りの旅に出発するか)


「千変万化」という二つ名。結局、それだけを土産に、ダニエルは呪タウンへの帰路につくのだった。


 ◆◆◆


(ダニエルという若造、意外にも役に立ちました)

「何か見つけたか?」

(ステファノの師匠と見られる男の正体がわかりました)

「何者だ?」

(「千変万化」。その二つ名を持つ魔術師です)


 教会前の石段にハンニバル師は腰掛けていた。耳に当てた短杖ワンド越しに密偵の報告を聞いている。

 密偵はダニエルの行動を見張り、彼が得た情報を再確認していた。


「聞き覚えのある名だ。10年、いや、20年前に戦役で活躍していたはず」

(サポリの山奥に隠れていたそうです)


 20年前となると、ハンニバル師はまだ10代だ。これから売り出そうという時期で、ヨシズミと直接接点はなかった。王国軍の一員として、その名の魔術師が戦果を挙げているということを噂で知るのみであった。


「大量殲滅戦は『白熱サレルモ』と『雷神ガル』。敵将暗殺なら『千変万化』と評されていたな。隠密行動を得意としていたはずだ」

(それほどの男ですか)

「死んだと思っていたが、生きていたのか」

(戦に疲れて世を捨てたようです)


 ハンニバル師は、それを聞いて鼻に皺を寄せた。


「ふん。負け組か。何があったか知らぬが、腑抜けた話だ」

(ですが、二つ名持ちとなると実力は本物かと)

「どうかな? 戦から逃げた腑抜けでは、実力の程も察しがつくというもの」


 戦いとなれば敵ではない。ハンニバル師はそう判断した。


「命のやり取りが怖くなったか? あるいは命を奪うことに嫌気がさしたか? どちらにしても、話にならぬ。何も考えずに命を奪える奴に勝てるはずがない」

(しかし、教師としては優秀かもしれません)


 現実にステファノを育てている。しかも、驚くべき早さで。

 今まではステファノ個人の異常性を疑っていたが、本当の理由はヨシズミの教授法にあるのかもしれない。


「そこまでは否定せん。『メシヤ流』とは『ヨシズミ流』のことかもしれんからな」

(とすると、ヨシズミは不遜にも『メシヤ救世主』を僭称していることになりませんか?)


「遠話」の声は批判的な色を帯びた。


「さて、どうかな? メシヤには『預言者』という意味もあるからな。どちらの意味で名乗っているのか……。一度会って、お手並みを拝見してみたいものだ」


 ハンニバル師の目は、そう言いながら全く笑っていなかった。

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