第458話 そうか! その手があったか!

 3月に入り、研究報告会のエントリーが始まった。


 ステファノは個人で次のテーマをエントリーした。


【発表の部】

 ・隠形五遁の術における攻撃方法の研究:遠当ての術

 ・防御魔術における「氷壁」の応用:山嵐の術~霧隠れ

 ・魔石の本質に関する考察と「魔核マジコア」による代用

 ・「陽炎かげろうの術」における「熱」と「イド」の応用

 ・魔術行使に伴う因果律混乱の危険性と魔法の概念

 ・イドと複合魔法マルチプルによる飛行魔法の開発:「ムササビの術」

【展示の部】

 ・魔力非依存型魔道具の製作

 ・イドと魔法による工芸加工の実践

 ・魔耳話器まじわきの発明


 例によってマリアンヌ学科長との事前調整を行った結果、魔耳話器まじわきについては秘匿案件扱いとなった。中継器ルーターを含まぬ短距離通信機としての構成であったが、それでも十分軍事的脅威と言えるとの判断であった。


 課題であった通信到達距離も、指向性とロッド型部品の採用により3キロメートル前後に伸びていた。

 ロッドの採用には情革研メンバーからの抵抗があった――目立ちすぎる――が、「今更じゃないですか」という一言でステファノに却下された。


 スールーだけは最後まで反対していたが、他のメンバーが折れたため、渋々引き下がった。それでも、ロッド形状を工夫して「髪飾り」に見えるような加工をトーマに取り入れさせた。できあがりは、見ようによってカチューシャに見えないこともない。


 情革研としてのエントリーテーマは、「印刷機の開発」一本で勝負した。


 水力を動力源とした自動化機構を、トーマ率いるキムラーヤ商会工房メンバーが磨き上げていた。課題であった紙送り機構も試作を繰り返して、実用化を達成した。

 プロのこだわりとして、水力だけでなく、風力や魔術を動力源としても利用できるように減速機構を含む伝達系を工夫してあった。


 サントスの努力で、インクについても粘りのある転写性の良いものが完成した。しかも、多色刷りに備えて赤や青、黄インクまで用意していた。


 スールーは展示での実演に意欲を燃やしていたが、セルジオ一般学科長の判断で秘匿案件に分類されることになった。軍事マニュアルや機密文書の印刷という用途に、国家レベルでの影響があると判定されたのだった。


「国家レベルの発明として扱ってくれるのはありがたいが、発表の場がなくなるのは寂しいじゃないか」


 スールーは複雑な感情を持て余していた。


「そうとは限らないぞ。優秀な発明品については、王家の代表者にご披露する機会があるらしい。そこに招かれれば一躍名士の仲間入りだ」

「そうか! その手があったか!」


 さすがは一流商会の跡取りである。トーマは国家的な秘匿案件の取り扱いについて、ある程度は情報を得ていた。過去に、キムラーヤからそういう発明品を出したこともあるのだ。

 王族へのご進講という機会を聞いて、スールーは俄然やる気を出した。


「むうぅ。これは気合を入れなくては。まずはレポートだな。完ぺきな内容に書き上げるぞ!」

「スールーの手練手管に期待」

「そこは素直にボクの文才と言えないのかい、サントス?」


 スールーにいつもの調子が戻っていた。


「俺たち4人の中では、スールーさんに一番文才があると思っていますよ」

「わかっているじゃないか、ステファノ」

「詐欺師の素質も一番だがな」


 スールーの機嫌を取るステファノに、茶化そうとするトーマ。これが情革研のパワー・バランスなのだろう。


「それはそれとして。今回もステファノは個人の部が盛りだくさんだな」

「真面目に授業とチャレンジに取り組んだ結果です」

「みんながお前みたいなら、報告会に1月以上かかるだろうぜ」


 トーマの言い分はもっともな所がある。今回もステファノ個人で、発表6件、展示3件という忙しさであった。


「発表の部では『ムササビの術』というのが初耳だね」


 リストを眺めて、スールーがコメントした。


「飛行魔法って、本当に空を飛べるのかい?」

「正確に言うと滑空ですが。飛べると言って良いと思います」

「道具も使わずにかい?」


 スールーにはにわかに信じられなかった。


 過去に風魔術や土魔術で空を飛ぼうとする試みはあった。飛べないことはないのだが、極めて不安定で効率が悪いというのが通説になっている。ステファノはその欠点をどうやって克服したのか?


「また、聴衆の前で実演するつもりかよ?」


 トーマは前回の発表を思い出して、そう言った。霧隠れや炎隠れの実演は、人々の度肝を抜いた。


「さすがに、講堂の中を飛び回ることはできないよ。飛ぶには狭すぎる」

「じゃあ、術理だけを説くつもりかい?」


 それでは説得力が弱いだろうと、スールーが横やりを入れた。


「俺は飛ばないけど、実演はやらせるつもりさ」

「一体誰に?」


 スールーの目は自然とトーマに向かった。


「俺は無理だろ?」

「トーマじゃないよ。こいつさ」


「ピー!」


 ステファノの頭の上で、雷丸が立ち上がった。


「えぇっ? そいつが飛ぶのかよ?」

「原理は一緒だからね。俺の指示で、雷丸が『ムササビの術』を使うのさ」


 驚愕するトーマに、ステファノは平然と言い放った。

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