第453話 変化こそがイドの本質である。

 しかし、その動きにミョウシンは覚えがあった。「そう来るだろう」と予想していたわけではない。「そう来るかもしれない」という警戒心は、頭の一部にあった。


 ステファノの重心が自分のものよりも低いと知った瞬間、ミョウシンは考えるより早く技を切り替えていた。


 跳び込んだ勢いをそのままに、背負いではなく、大内刈りに右足を飛ばす。両手はステファノの上体を引き込む代わりに、当たった体の勢いそのままに突き放しに行った。

 ステファノは体を左に捻ってこれをかわしたかったが、ミョウシンの左手がしっかりとステファノの右袖を引き込んでおり、変化を許さない。


 脱力して腰を落としてしまっているため、ステファノには踏ん張りがきかない。右足を軸に支釣込足ささえつりこみあしを仕掛けることもできなかった。

 

 イドの鎧を背中に厚くして床に倒れる衝撃を吸収し、胸と袖のイドを復活させてミョウシンの組手を外しながら、両足で胴を挟んでミョウシンの体を下から抱え込んだ。

 そうしてミョウシンの動きを封じて置いて、ステファノは両足の裏で彼女の腰骨を蹴って海老のように床を滑り、抑え込みの体勢から逃れた。


「参りました。見事なイドの制御でした」


 素早く立ち上がりながら、ステファノは言った。投げ技の攻防では紛れもなくミョウシンの勝利であった。


「面白いイドの使い方でしたね。こちらのイドを打ち消すのではなく、流し去る・・・・とは」

「わたくしのイドの本質が変化にあると気づきました。それを攻撃に生かそうとしたら、あんな形になりました」

「ふうむ。すべてのイド、いえ、すべての存在は常に変化している。ミョウシンさんだけの現象ではないはずですね」


 ステファノは心中に魔核を練った。


(色は匂えど、散りぬるを――)


 虹の王ナーガが司るギフトは「諸行無常いろはにほへと」。もとより生生流転を心としている。


(変化するイドをまとう。いや、まとっているイドの変化を自ら認めるということか)


 身の回りの空気が一瞬後には同じものではないように。川の流れが常に動いているように。


(変化こそがイドの本質である)


 その確信がステファノの存在を貫いた時、体を覆うイドが生き物となってうごめいた。高速で体表を流れ行く鱗のイメージ。水の流れのように柔らかく、奔流となれば岩をも穿つ。


 ステファノがまとうイドの鎧は、「虹の王ナーガの鱗」に進化を遂げた。


「ミョウシンさん、ありがとうございます。勉強になりました」


 ステファノは両手を合わせて、ミョウシンに頭を下げた。


「ふふふ。あなたにはかないませんね。あなたこそ常に変化と共にあるのでしょう。勉強させてもらうのはわたくしの方です」


 ミョウシンもまた、ステファノに手を合わせた。


 ◆◆◆


「今日は柔の鍛錬で収穫がありました」

「新しい技でも覚えたか?」


 ドリーはいつものことと、ステファノの言葉を受け止めた。第2試射場でのことである。


「『虹の王ナーガの鱗』と名づけました。見てください」


 ステファノはイドの繭を濃くし、顕在化した。


「むっ! イドが流れるように動いているのか? これはどうなっている?」


 ドリーの疑問に応えて、ステファノはミョウシンとの組手で起きたやり取りを説明した。


「ほう。ミョウシン嬢もイドの制御に至ったか。魔力が使えなくとも、そういうことがあるのだな」

「これもギフトの一種と言えば良いのでしょうか」

「自覚なくイドを利用している人間もいるのだろうな」


 ミョウシンが咄嗟の思いつきでステファノのイドを流し去った件に、ドリーはいたく感心した。


「なるほどな。消すのではなく、流したのか。実に、柔の修行者らしい発想だ」

「驚きました。そんなやり方があるのかと」

「お前は、ちゃっかりそれを取り入れたというわけだな」


 ミョウシンの羽衣とは似て非なるものであるが、ステファノは「流れる」という着想から虹の王ナーガの鱗を編み出した。


「始めから動いていれば、流されてもその穴はすぐに埋まります」

「川の水に穴を開けることはできんからな」


 物理攻撃に対する防壁としての性能も、受け止める・・・・・のではなく受け流す・・・・機能に変わった。


「むう。流れるイドをまとった者同士が対決すれば、互いに相手を掴むことができないのか」

「いいえ、多分逆です。互いに相手を捕まえられるでしょう」


 自らのイドを相手のイドの流れに同調させれば、まとったイドごと相手を捕まえることができる。


「走り続ける馬車から馬車へ飛び移るようなもので、コツが必要だとは思いますが」

「離れ業だな。……虹の王ナーガに任せれば問題ないのか」

「ええ。イドを操れる者同士の対決は、結局肉弾戦と似たようなことに落ち着いてしまいますね」

「お前と同程度にイドを操れる人間が、そこらにいるとは思えんがな」


 武術の達人と言われる人たちなら、おそらく可能であろう。ステファノの周辺で言えば、マルチェルは魔視脳まじのう覚醒以前から「気」を操って来た。変幻自在の投げ技は、イドの制御を加えることで達人の域に達したのだ。


「普通に考えると、魔術師よりも武道家の人にいそうですね」

「それと、ギフト持ちか」


 ミョウシンはその両方に当てはまる人間と言えた。どちらもまだ発展途上ではあったが。


「武道家寄りのミョウシン嬢と、ギフト使い寄りのお前という取り合わせになるのかな」

「そう言われると、俺の場合は何につけてもギフトありきですね」

「ギフトが基本であることはその通りだが、お前の実力が『ギフトありき』のものだと言われてもな」


 そんな可愛らしいものではあるまいにと、ドリーは天井を見上げた。

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