第454話 あんた、ヨシズミの知り合いかい?
サポリに到着したダニエルは、ステファノの足取りを追って宿屋を巡った。
「銀色の髪に青い目をした若造が来なかったか? 去年の8月のことなんだが」
「知らないよ。そんな前の話をされたって、客の顔なんざいちいち覚えてるもんかい」
「おとなしい顔の割に、突拍子もないことをする野郎なんだが覚えはないかい?」
「しつこいね。知らないったら知らないよ。あんた、宿に泊まる気がないならさっさと帰っとくれ!」
3軒ある宿屋を順に回ってみたが、どこも同じ調子であった。5カ月も前の話など、皆覚えていないと言う。
(まいったな。これじゃ探しようがないぜ。ステファノを見たっていう奴がいねぇんじゃあ……)
そこで、ダニエルはステファノが帰り道では2人組になっていたことを思い出した。
(そういやぁ「師匠」って奴がいたはずだ。ここらの者とは違う
「他国訛りのある中年男をみなかったかい? 小柄で、黒い髪に黒い目をしているんだが」
宿屋では空振りだったが、食料品屋で手掛かりが見つかった。
「あんた、ヨシズミの知り合いかい?」
「知り合いってほどじゃないが、ちょっとな。俺の知り合いと一緒に旅をしていたらしいんだ」
カウンターで暇そうにしていた店の主人が話に乗って来た。
「兄さんの知り合いって言うと、やっぱり商売人かね? 薬種問屋の奉公人? こんな街に来たところで仕方がないだろうに」
「その土地の気候を知るだけでも意味があるんだよ。そこで取れる野菜の種類とか」
「そういうものかねぇ」
ダニエルの言葉は嘘ではなかった。その土地でどんな薬種が採れるかを知ることにつながり、どういう原因で病になったかを見立てる助けにもなる。
交通や流通の手段が乏しい時代において、「土地柄」は重要な病理学的ファクターであった。
「そのヨシズミってのはどんな人なんだい?」
「変わりもんだよ。何でも、山に住んでるそうだ。変な服を着ていてさ。滅多に町には出て来ないよ」
「ここには買い物に来るわけか」
「そうだね。1月にいっぺんくらいかね。そういや、最近見掛けないね」
塩や卵、乾物などを買いに来るそうだ。木の実や毛皮、魚の乾物などを持ちこみ、買い取ってくれと言うこともある。
「仕事が丁寧で、質が良いものを売りに来るのさ。自分で採って自分で加工してるんだね、あれは」
「へぇ、そうかい。そいつは馬で来るのかい?」
「いや、いつも歩きだね。馬なんか持ってやしないよ」
背負子1つを背中にしょって、山から下りて来るのだと言う。
「随分と脚が達者らしいな。猟師なんだろうか?」
「さあねぇ。弓を担いでいるところは見たことないけど……」
町に出るから置いて来たのか、それともそもそも猟師ではないのか?
(ステファノが師匠と呼ぶのは魔術の師匠か? 余程の凄腕で、短期間で魔術を仕込んだんだろうか?)
帰り道に、ステファノはは瀕死の少女を毒から救っている。
(魔術ってのは2、3日でそんなに上達するものか? おかしいだろう)
「ヨシズミってのは魔術師じゃねェのか? 魔術が使えりゃあ、弓がなくても獲物が取れるだろう」
「うーん。そんな様子はなかったがねぇ。第一、魔術が使えるなら猟なんかしなくても金を稼ぐ道はあるだろうさ」
「それもそうか……。ひょっとして素性を隠したかったのかもな」
魔術師であることを含めて自分の正体を隠す必要があったのかもしれない。
(誰かに追われていたのか……? お尋ね者ってことはないだろうが……)
凶状持ちなら、わざわざ人目につく
(面倒な過去を持っているということかもな)
そこにヨシズミという男の「弱み」がありそうだった。
ダニエルにステファノを探るよう依頼した男は、何か「弱み」を探せと言ったわけではない。
しかし、店を出す資金を出してくれるというのはなかなかの大盤振る舞いだ。後ろ暗い事情があるか、余程の利益が絡んでいるか。
だとしたら、ステファノたちの「敵側」に回ろうという魂胆であろうと、ダニエルは「男」の動機を推測していた。
(ステファノの奴、何をして睨まれたのか知らないが、厄介なことになってやがるな。だがよ、自業自得って奴だ。俺の知ったことじゃねェ)
頼まれたのは、素行を調べて報告するだけの仕事。どこにも後ろめたいことはない。
探られて困ることをしている方が悪いのだ。ダニエルは自分にそう言い聞かせていた。
(大体、あいつは店に入ったばかりで仕事もしてねェ。それなのに、王立アカデミーに入学だと? おかしいじゃねェか)
ステファノの待遇はあまりにも特別過ぎた。何年も前から働いている自分にはなかったことだ。
ダニエルとて普通に給金をもらっているが、ステファノだけが厚遇を得る理由がわからない。
(裏で何かしているに違いねェ。何か胡散臭いことじゃねェのか?)
ステファノに後ろめたい秘密があるから、「男」に事情を探られるのではないか。すべてはステファノが自ら招いたことだと、ダニエルは自分を納得させた。
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