第450話 錬金術が魔法の役に立つのか?
電気分解の概念はステファノにとって新鮮な驚きであった。水が水素と酸素からできているという事実にも驚愕した。
錬金術の授業で生じた疑問は図書館で調べ、それでも解けなければ研究室にドイルを訪ねた。
「やれやれ、そんなこともわからないのかね?」
口ではそう言いながら、ドイルは楽しそうにステファノに知識を与えてくれた。彼もまた愛弟子の成長がうれしいのだ。
知識は疑問を呼び、疑問が研究を要求する。そして研究はまた新たな知識をもたらした。
学問という海の広大さに、ステファノは震えていた。
「近頃はお前の術に無駄がなくなったな。何やら研ぎ澄まされてきた気がする」
第2試射場でステファノの試技を観るドリーは、率直な感想を伝えた。
「錬金術の講義で自然法則を学んでいるせいでしょうか? 魔力で働きかける勘所がわかるようになってきました」
ステファノが使うのは魔法である。自然法則の理解が深まればその効果が高まるのは道理であった。
「錬金術が魔法の役に立つのか? 考えたこともなかったな」
ドリーは目を丸くしたが、ほとんどの魔術師が同じ感想を抱くであろう。
錬金術とは魔術師に向かない魔力保持者が、仕方なく身につける「二流の技術」という見方が一般的であった。
「魔術とのつながりで考えたら、錬金術の価値は低く感じるでしょうね」
錬金術を学んでも魔術には生かしようがない。魔術の力量は利用できる「因果のラインナップ」で決まる。
手札が悪ければ頑張り様がないのだ。
「しかし、属性魔術とは術理が違うのだろう? どうやって身につけるんだ? ……お前以外の場合」
ドリーは魔術師として素朴な疑問を口にしたのだが、ステファノの例で答えられても意味はないなと、途中から顔をしかめた。
「出発点は手持ちの魔力、つまり因果のラインナップだそうです。種火の術が使える人は、その術理を詳細に紐解き、自然法則のレベルまで分解するというわけです」
「全員が幅広い技を身につけられるわけではないのだな?」
「残念ながら、最初の『素質』によって制限されます」
それが錬金術を下に見る風潮につながっていた。そもそも「魔力の乏しい」人間が錬金術を修めたところで、使える技は高が知れている。
「優秀な魔術師であればあるほど、錬金術を学んで得るものが大きいんですが」
「そういう人間は、そもそも錬金術になど見向きもしないか」
皮肉な現象であった。
(
「魔法であれば錬金術の可能性を引き出せます。ウニベルシタスでは錬金術教育を魔法教育の一環として取り入れることになるでしょう」
そう言いながらステファノは、ドイルが教壇に立って生徒を相手に熱弁を振るう姿を想像した。ドイル先生が魔力の使い道を講義することになるなんてと想像すると、笑いを誘う。
「ならばわたしにとっても他人事ではないな。学生時代に敬遠した科目だが、もう一度教科書を手に取ってみようか」
「ドリーさんにその気があるなら、俺が勉強した内容をここで伝えますよ。そうすれば自分自身の訓練にもなりますし」
「ほう。それはありがたいな。この歳で錬金術の教室に顔を出すのはいささか恥ずかしいからな」
ステファノは深く意識していなかったが、魔法師であるステファノは錬金術の教え手として最適な人材だった。オデールには実演できない術理であっても、ステファノならば再現できる。
そしてドリーは、「観れば魔力の動きがわかる」ギフトを備えていた。
教える側、教わる側の双方にとって理想的ともいえる組み合わせであった。
ステファノは試射場に来るたびに錬金術の「実技」を磨くことができる。本職の錬金術師でさえ、そんな訓練を積んでいる者はいなかった。応用範囲の狭い彼らには、「術を磨く」という発想がなかったのだ。
ステファノは違う。この法則はこう使えるのではないか? この術にこの現象を取り入れたらどうなる?
創造と工夫は際限がなかった。
それを見せられるドリーは驚きを通り越して、
(わたしは何を見せられているのだろうか? これは求道か信仰のようなひたむきさだ。宇宙の法則が目の前で紐解かれ、新たに紡がれる。魔法とはここまで無限の可能性を秘めていたのか……)
魔法と錬金術と、そしてステファノのギフト「
「
ドリーは
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