第449話 錬金術って魔法の一種なのだろうか?
「錬金術とは無から有を生む業ではありません。良く勘違いする人がいますがね」
「錬金術(初級)」の講師オデールは教壇からそうクラスに話しかけた。
「錬金術とは自然現象の再現に過ぎません。言うなれば、『そのままでは起こりづらい変化を魔力によって促してやること』と定義できるでしょう」
わかりますかとオデールは教室を見回す。
「例を挙げましょう。ここにグラスがあります。こちらの水差しには常温の水が入っています」
オデールは水差しからグラスに水を注いだ。
「さて、この水を沸かすとしましょう。魔術師であれば、火魔術を使うところです。グラスを火であぶれば中身を湯に変えることができます」
オデールはグラスの上に片手をかざした。
「我々錬金術師であれば、火は使いません。魔力の干渉によって直接水の状態を変化させます。水からお湯へ」
しばらくするとグラスから湯気が立ち、小さな気泡が上がり始めた。
「わたしは水に直接働きかけ、『水の粒』がより活発に動く因果を書き込みました」
水の温度がさらに上がり、水蒸気がグラスの底からボコボコと上がり始めた。
「よろしいですか? このように火を使わずとも湯を沸かすことができます」
オデールは手を引っ込めて、煮え立ったグラスを生徒に示した。
(あれって「魔法」だよね。錬金術って魔法の一種なのだろうか?)
ステファノにとっては見慣れた現象であった。魔
「先生、錬金術と魔術との違いはどこにありますか?」
ステファノは許可を得て、オデールに質問した。
「良い質問です。その質問に対する答えは立場によって変わります。魔術師一般からは、錬金術とは不完全な魔術と言われています。その一方で錬金術師の多くは、錬金術を科学の一種だと考えています」
「大分違いますね」
「そうですね。しばしば論争が行われています。しかし、大切なのは錬金術をどう見るかではなく、錬金術で何を為すかだと思います」
こういう議論は散々行ってきたのだろう。オデールは淡々と自説を述べた。
「わたし自身は、錬金術とは対象物の科学的な特性に働きかける方法論であると考えています」
オデールは手をひらひらと動かして、
「魔術師は何もないところに火を起こします。しかし、燃えているのは何でしょうか? 彼らはその疑問を放棄しますが、錬金術師はそれを拾い上げます。我々の関心は『その時何が起こっているか』にあるのです」
オデールは図に描かれた炎を指し示す。
「火が燃えるには『可燃物』と『空気』と『熱』が必要です。普通空気はどこにでもあるので、準備しなければならないのは『可燃物』と『熱』ですね」
火魔術の対象が可燃物そのものであれば、熱さえ生み出せば火は燃える。だが、「何もないところ」に火を生み出すにはどうするのか?
「火球の術のような場合、空間に火を生み出します。この時に燃えているのは何か?」
クラスに語りかけながら、オデールは手のひらを差し出して小さな火球を生み出して見せた。
「これはむしろ科学の問題ですね。ドイル先生の講義を聞くと、皆さんの参考になるかもしれません」
万能科学総論は人気のない講座なので、魔術科学生のほとんどは耳にしたことさえないだろう。錬金術の教室に集まった少数の学生にとってさえそうだった。
「雷気を通すと水は『水素』と呼ばれる気体と『酸素』と呼ばれる気体に分解されます。水素は可燃性の高い気体であり、酸素は物が燃える時に必要な空気の一部です」
オデールは火球を消し、再び
「水素と酸素を混合し、熱を加えれば水素が燃えて、再び水に戻ります。一般に火魔術とは空気中に水素を作り出し、熱を加えることによって燃焼させるという因果を術理で再現したものです」
初めに必要な水は空気中に含まれている。これを集め凝縮し、電気分解しながら熱を加える。
それだけの工程を一気に行っているのが火魔術であった。
「魔術師は火球で敵を攻撃するという『結果』を求めます。我々錬金術師は『変化』を求めます。物質の状態変化、それが錬金術の目的です」
オデールは
「先程、私は常温の水を沸騰する湯に変えました。そうするのに火は必要ありません。水の温度を上げれば良いのです。水を構成する粒子をより活発に振動させてやれば、水温は上がります」
生徒の1人が手を挙げた。
「先生、錬金術は世の中の役に立つのでしょうか? 魔術は戦いや生活に役立っていると思いますが」
「うん。湯を沸かせたところで意味はないと思いましたか? そう思うのも無理はありません。錬金術は日々の暮らしに役立たせるものではありませんからね。もちろん戦いの道具でもありません」
生徒は当惑に顔をしかめた。
「それでは一体何のために、錬金術を研究するのですか?」
「科学のためです。物質や事象の性質をより深く、より詳しく知るためにそれらを操作する。それこそが錬金術本来の使い道なのです」
オデールは誇らしげに語った。
(ドイル先生、錬金術の能力に覚醒してお誂え向きだったね。誰よりもあの人にふさわしい)
ステファノは胸に温かいものを感じた。
(ドイル先生には遠く及ばないが、錬金術は俺にとってもためになる。生活魔法の精度を上げながら、宇宙の法則をより深く理解することに通じるだろう)
そのためには近道はない。1つ1つの知識を拾い集めるように身につけようと、ステファノは思った。
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