第448話 コッシュに妙な色気を出させたくないからな。

 生活魔法具6種類をそれぞれ10台ずつ、計60台を試作品として製作販売することが決まった。その程度の量であれば、つき合いのある道具屋に素体を作らせることができる。


「製作期間は2週間。希少品らしく仕上げには気合を入れさせよう。彫刻、塗装、象嵌などを施しても良いが、期限内に仕上げるように厳命してくれ」

「かしこまりました」

「オークションは来月1日開催の回にかける。半月あれば事前の予告も行き届くであろう」


 出品者名は「メシヤ工房」と決めた。


 そんなものは存在しないが、構わない。「メシヤ」の名前が広まればそれで良かった。


「量産するとなれば我らの出番は終わりだ。ステファノの仲間である商会や工房に任せれば良い」

「キムラーヤ商会、モントルー商会、そして椿屋でございますな」

「素体製作、魔法付与、委託販売、それぞれの口銭を決めて分業させよう。ステファノには発明料を配分する」

「ネルソン商会の取り分はいかがいたしましょう?」


 マルチェルはメモを取りながら、生真面目に尋ねた。


「不要だ。コッシュに妙な色気を出させたくないからな」

「本業がおろそかになる心配ですか」

「うむ。簡単に大金が入って来るとなれば、真面目に働く気が薄れる。人間はそれほど上等な生き物ではないからな」


 魔法具商売に頼らなくてもネルソン商会には隆々たる発展が見込めていた。

 戦後の人口爆発と大量消費経済の到来は、医薬品需要の拡大を約束している。


 経済全体が膨張する局面では、普通に経営しているだけで商売は発展するのだった。


「旦那様、1つお聞きしても?」

「構わん。何が聞きたい?」

「ウニベルシタスの設立には旦那様の私財をつぎ込むと承知しております」

「その通りだ。これは私のライフワークだからな」


 これまでの商会経営で築き上げた富。その個人的な財産をネルソンは投げ出そうとしていた。


「旦那様が身を削って築き上げた資産でございます。その使い道をとやかく言うつもりはございません。ただ、その先はいかがするおつもりで?」

「その先とはウニベルシタスが軌道に乗った暁のことか」


 ネルソンは目を細めて、未来を透かし見るような表情となった。


「商売でも慈善でも、事業というものは継続が肝心と心得ます。継続するためには、採算の取れる仕組みが必要かと」

「ウニベルシタスの採算を問うておるのだな?」

「はい。どのようにして支出と収入の帳尻を合わせるのかと」


 金持ちの子弟など裕福な生徒ばかりなら、高い授業料を徴収して採算を合わせることができる。王立アカデミーがそういうシステムであった。


 しかし、ウニベルシタスでそれはできない。平民子弟に門戸を開くことが大前提だからである。


「授業料は当てにできぬ。よって、寄付金を募る」

「寄付ですか? 相手先はどちらで?」

「金のある所から集めるさ。豪商、貴族、聖職者……。貴族の方は生き残っていればだがな」

「寄付が集まるでしょうか?」


 慈善に金を出す篤志家という人間は少数派である。寄付をするとしたら、その見返りを求めるのが人間というものだ。


「ふふ。寄付というのが不安ならば、年貢と呼んでも良いぞ。それも進んで払いたくなる類のな」

「自ら払いたくなる年貢などありましょうか?」

「対価を与えてやるのだ。十分な対価をな」


 特別な魔法具でも渡すのであろうかとマルチェルは眉を寄せた。


「紋章をな、使わせてやるのだ。そうだな、『蛇と獅子』のな」

「それが何になりましょうか?」

「わからぬか? 『メシヤ流』の紋章だ」


 ネルソンが語っているのは「ブランディング」戦略であった。


「『メシヤ流』という看板が世の中を席巻する。これは既定事項だ。世の中じゅうが『メシヤの印蛇と獅子』を求めるようになる。それを使わせてやると言うのだ」

「名板貸しでございますか?」

「いや、『メシヤ流』の名は使わせぬ。あくまでもその商品、サービスを『メシヤ』が認めたというだけのことだ」


 名板貸しとは「名義借り」のことである。例えれば他人が「ネルソン商会」の名を借りて商売をすることである。

 この場合、その他人が行ったことであっても、その結果にネルソン商会は責任を負うことになる。


 ネルソンが考えるシステムにはそこまでの拘束力はない。ブランド料を支払う者は「メシヤ流本部ライセンサー」の審査を受け、看板や商品に「メシヤの紋章」を入れることを許される。顧客に対する責任はあくまでも被許諾者ライセンシーにある。


「紋章を使うだけで金をとるのですか?」

「おかしいかね? 1業1社、許諾先は業種ごとに1社のみとする。私の目には金の山を積んで許諾を求める商人の列が見えている」


 ロイヤリティという商業上の概念が存在しない時代のことである。ネルソンのビジョンはマルチェルの想像を超えていた。


「それが現実になるなら、まるで魔法のようなことですな。紋章1つで富を築くなど」

「ははは。さしずめ錬金術師ネルソンというところか」

「ドイル先生顔負けですな。ふふふ」


 自分の理解を超えた話であっても、マルチェルの主人に対する信頼は変わらない。ネルソンに勝算ありと言うならば、それを疑うマルチェルではなかった。


「おお、ここにいたのか、2人とも。何やら楽しそうだな。どうせ悪だくみでもしていたのだろう?」


 ノックもせずにドイルが書斎に踏み込んできた。


 ネルソン主従はまたも互いの顔を見合わせて、笑い声を上げるのだった。

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