第447話 鍵はサポリにあるはずだ。

「あのダニエルという奴は使い物になるのか?」


 とある教会の前に、ハンニバル師の姿があった。石段に腰を下ろし、休憩の体を取っている。


(目くらまし程度に考えて仕事を与えましたが、思いの外役に立っております。小物であることが相手の警戒を解くようで……)


 さりげなく耳の下に当てた短杖ワンドが直接骨に相手の声を伝えて来る。

 自分が声を発する時は、短杖を持つ手元で唇を隠すようにしてぼそぼそと呟いていた。


「雑魚には雑魚の使い道があるということか」

(調べが甘いところはわたしの方で補っております)

「それで良い。くれぐれも目立つな。殻の中に閉じこもられると厄介なのでな」

(心得ました)


 ハンニバルは、ダニエルの影として調査に出した「密偵」と会話していた。

 聖教会の鐘楼を介した「遠話」であった。


 隣町の密偵ともリアルタイムに情報交換ができる。


「サポリの町が重要拠点であることはわかっている。だが、途中の町でも気を抜くなよ。今回のようなことがあるからな」

(了解です。道中もおかしなことがなかったか、気を張ってまいります)

 

「こちらの調べではステファノがまじタウンとサポリとの間を往復したのはわずか10日ほどの間であった。一体何があったのか? 何がステファノを魔術に目覚めさせたのか? 鍵はサポリにあるはずだ」

(きっと尻尾をつかんで御覧に入れます)


「では、頼んだぞ」


 そう言ってハンニバル師は「遠話の術」を解除した。


(いずれは自らサポリに行くことになりそうだな。旨い魚があれば良いが……)


 ハンニバル師は教会前の石段から立ち上がると、服の埃を風魔術で払って歩き出した。


 ◆◆◆


「ハンニバル師が教会周辺に出没していると?」


 ネルソンは書斎でマルチェルからの報告を受けていた。


「聖教会を見張らせていた鴉から報告が上がっております」


 いくら手練れの鴉でもハンニバル師をつけ回すのは荷が重すぎた。師の追跡は諦めていたのだが、教会を見張っていた密偵に目撃されることとなった。


「聖教会のメンバーと接触したのか?」

「いいえ、それは確認できておりません。聖堂に立ち入った形跡もないとのこと」


 マルチェルの報告はネルソンを困惑させた。

 それでは何のために教会を訪れたというのか。


「ハンニバル師は教会を見張っていたわけではないのか?」

「特に不審な動きはなかったそうで。しばらく佇んでいたり、腰掛けていたり、体を休めているようにしか見えなかったと」


 なぜわざわざ教会の近くで休むのか? 熱心な信者というわけでもなく、お気に入りの場所という情報もない。


「単純に疲れたせいではないかと、カラスは言っておりました」

「疲れたから休んだと? 他の場所で休む姿は目撃されたのか?」

「いえ、師を尾行した者はいませんので。他の場所のことまでは……」


 ネルソンはふうとため息を吐いた。

 

「埒が明かんな」

「旦那様?」

「気にするだけ無駄だということだろう。魔術師学会と聖教会に見張られている前提で、これからの動きを練り直そう」


 ネルソンはそう言って、にやりと笑った。


「見張られるのは元からわかっていたことだ。いっそのことこちらから見せてやれば良いのだな」

「手の内をあえて晒すと?」

「ふふ。敵の手の内を見せられると、案外戦いにくくなるものだ」


 逆張りではあるが、自ら情報戦の主導権を握ることにもなる。「どの情報を伝えるか」を、こちらで決めるのだ。


「どうせウニベルシタスを世に問うのだ。しっかりと見せつけて、宣伝してもらえば良い」

「なるほど。お披露目というわけですな」

「まずは魔法具を売り出そう。魔法具を作れるのはステファノだけではないということを示すのだ」


 今はまだ顔見世程度で良い。ステファノが作った「魔法具メーカー」は魔力行使を必要としない。

 生活魔法用の道具であれば、誰にでも生み出せるのだ。


 100や200の魔法具なら、1日で創り出せる。


「着火魔具、送風魔具、魔灯具、魔冷蔵庫、魔掃除具、魔洗具。売り・・に出すのはそんなところで良いか」

「旦那様、商会でお売りになるのですか?」

「いや。薬種問屋のルートにはふさわしくなかろう。特別なルートに出す」

「特別と言いますと?」


 ネルソンはにやりと笑った。


「金持ち連中が集まるオークションだ。メシヤ流魔法具をそこで世に問うというわけだ」

「まさにお披露目にふさわしい場所ですな」

「そういうことだ。今回は『第1号試作品シリーズ』と称して好事家に売りつける」

「あえて試作品とうたうので?」


 マルチェルが眉を持ち上げて、問い返した。

 試作品とは通常不具合点を抱えているものだ。それを表に押し出すのはどういう考えか?


「いずれ生活魔法具は大量販売する。高く売りつけておいて後から安売りされれば、買い手は腹を立てかねない。だったら、初めから限定試作品として売りつけた方が良い」

「売れるでしょうか?」

「好事家とは人が持っていないものを欲しがるものだ。量産開始は3カ月後だと明言してやれば、買い手はつくさ」


 言わば書籍における「初版本」というわけである。希少価値を喜ぶ収集家コレクターは、どこの世界にもいる。


「1種類当たり限定10台と称してシリアルナンバーをつけてやろう。それでも競り合いになるだろうよ」

「お見それいたしました」


 ネルソンの商才未だ衰えず。マルチェルは素直に頭を下げた。

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