第444話 体が小さいというのは便利だね。

「よし。手足は自由に動かせるね? きついところはない?」

「ピー」


 ステファノは手拭いを切って雷丸いかずちまるの体を覆う胴着のようなものを作った。道着の背中にはポケットがあり、筒状に丸めた紙片を納めてある。


「なるべく目立たないようにね。屋根伝いに跳んで行くのが良いだろう。雷気は使わないこと」

「ピー……」

「何で不満そうなんだよ? そんなに急ぐ必要はないんだからね。わかったら、行け!」

「ピー!」


 雷丸は、ステファノが開け放った窓から外へと跳び出した。土魔法で跳躍し、隣の建物に駆け上る。

 すぐに屋根に達し、姿が見えなくなった。


(色は匂えど――)


 ステファノは虹の王ナーガに意識を集中した。ピントが変わるように、雷丸の視点が脳裏に浮かぶ。

 ただし、視覚映像ではなく第3の眼が捉えたイドの風景だ。


 イドの目で観ると、物の境界がぼやけてサーモビジョンの画像のように観える。


(お屋敷の方向は……こっちか)


 高い位置にネルソン邸の鐘楼を感知したステファノは、そちらへ向かうよう虹の王ナーガに命ずる。

 雷丸の体は小さいが、高跳びの術を巧みに使えばそのスピードは飛ぶ鳥に迫っていた。


 人目にとまったとしても小鳥と見間違えたであろう。


(カラスに狙われなければ良いけれど)


 いざとなれば雷電で撃退することになるが、戦いに巻き込まれたら手紙が破損するかもしれない。

 できれば穏便に屋敷までたどりつきたかった。


 大通りを横切る際は人目を避け、踏まれぬようにタイミングを計った。虹の王ナーガはステファノの指示に完璧に従った。

 

(俺が直接指示するより、ナーガの言うことの方をよく聞くんだな。ちょっと複雑な気持ち)


 そうこうしている間に、無事ネルソン邸に到着した。


(体が小さいというのは便利だね。どこからでも入り込めるし、物音も立てないや)


 雷丸はイドの繭をまとっている。普通の状況で気配を悟られることはなかった。


(旦那様はどこだ? ……いた! 書斎に1人でいらっしゃる)


 屋敷内には魔道具ネットが張り巡らされている。どこに誰がいるかは、手に取るように読み取れた。


 ステファノは雷丸を書斎に向かわせた。もう身を隠す必要はないが、騒がれるのも面倒なので天井を走らせる。

 この程度のことなら、術を使わなくても雷丸には容易いことであった。


(雷丸って、潜入調査に最適だね。虹の王ナーガに命じれば五遁の術も使えるし)


 雷丸に宿った虹の王ナーガはステファノの分身である。「霧隠れ」であろうと、「陽炎かげろう」であろうと、ステファノが望めば発動することができる。


(遠隔魔法を使う起点の1つになるわけだ)


 これは「飯屋派」にとっての課題にもなる。もしステファノと同じことができる能力者がいれば、自分たちが襲われることになるかもしれない。

 

(遠隔魔法を遮断する「ファイアウォール」が必要だね。近い内に師匠と相談しよう)


 雷丸はネルソンの書斎に到着した。壁を伝い下りて、ドアの下から室内に滑り込む。


(体が小さいってことは、本当に便利だな)


「ピーッ!」

「うん? 何だ?」


 わざと注意を引くように鳴き声を上げながら、雷丸はネルソンの机に跳び上がった。


「何? ネズミか? む、服のようなものを着ているのか?」

「ピー!」


 雷丸はネルソンの手元まで進み、くるりと背中を向けた。


「これは……誰かに飼われているな。この屋敷に送り込まれて来たのか? おや、何か背負っている?」

「ピ、ピー!」


 ネルソンは雷丸の背中から、慎重に丸めた手紙を取り出した。

 広げてみると細かい文字でメッセージが記入してある。


「サインは――ステファノか」


 ネルソンは素早く手紙に目を走らせた。読み終えると、紙片を机の上に置き、静かに唸った。


(「土竜もぐらのハンニバル」だと? 思っていたよりも介入が早い。考えられるのは魔術師学会からの調査か)


 小手調べ・・・・とはいえ、ステファノに実力行使してきたことも予想外だ。その結果、ステファノの実力をある程度把握されたと考えられる。


(すぐにステファノを排除しようとは思うまいが、用心は必要だな。さて、どんな手を打つべきか)


 ステファノに関心が集まるのはよろしくない。その実力を脅威と感じれば、「排除すべし」という結論を出されるかもしれない。


(ならば、関心の対象を増やしてやれば良いか? ステファノだけが脅威ではないと)


 コツコツと人差し指で机の表面を叩き、ネルソンはしばし熟考した。

 その間、雷丸は両手で器用に顔を洗い、身づくろいをしていた。


(よし、これで良いだろう)


 ネルソンはやがて紙片を取り出すと、短い返信をしたため、雷丸のポケットに納めた。


「使いの役、ご苦労だった。返事を持って主の下に帰れ。わかるか?」

「ピー!」


 一声鳴くと、雷丸は机を蹴って跳び出した。来る時とは違い、あけ放たれた窓に駆け上がり、外の空間に身を躍らせる。

 ネルソンの驚いたことに、雷丸はむささびのように風に乗り、宙を滑って飛び去って行った。


「さすがはステファノだ。わけのわからぬ獣を飼っておる」

「ピーーーッ!」


 遠くから風に乗って雷丸の声が聞こえてくる気がした。


「ふふ。ステファノの方は心配要らぬようだな。我らは我らのやるべきことをしよう。プリシラ!」


 ネルソンは机の上に置かれたベルを鳴らした。

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