第443話 そう言っているそうだな。信じるのか?

「血が流れるとはどういうことでしょう?」

「わからぬか? 魔力の要らぬ魔道具の意味することが」


 魔術師でなくとも、魔道具さえあれば魔術を振るうことができる。相対的に魔術師の地位が弱まるかもしれない。そのくらいのことはマリアンヌにも想像できた。


「魔術師にとって喜ばしいことではないでしょうが、社会全体は発展するでしょう。そうすれば国全体が豊かになり、魔術師にとっても恩恵があるのでは?」

「甘いな」


 ハンニバルの言葉は氷のように冷たかった。


「籠められる術と魔道具の数によっては……世界が崩れる」

「世界が」

「持たざる者が力を得るのだ。上に立っていた者たちの居場所がなくなるということだ」


 貴族、魔術師、聖職者。その者たちは平民を押さえつける力を失う。

 平民が最下層に留まる理由がなくなるのだ。


「うっ! 鉄粉魔道具……」

「何千、何万という魔道具を同時に作れるそうだな。それにすべて上級魔術が籠められたらどうなる?」

「く、国が亡ぶ……」


 少なくとも革命が起こる。特権階級による支配の終焉だ。


「幸い、今のところ魔法具とやらが世にあふれる兆しはない。ステファノは魔法具量産の動きを示していないからな」

「ステファノは、籠められるのは生活魔術だけだと……」

「そう言っているそうだな。信じるのか?」


 信じないわけにはいかなかった。疑えば国の危機を意識することになる。

 マリアンヌは無意識に、危機と直面することを避けていた。


「いったいどうすれば良いと?」

「奴の出方次第ではあるが……放置もできまい」


 そこまで言うと、ハンニバルはソファから立ち上がった。


「わたしは学会・・に帰る。今日のことを報告しにな。すべてはそれからだ」

「ハンニバル卿。……できるだけ穏便に」


 いつも強気のマリアンヌが、すがるような眼でハンニバルを見ていた。


「聞いておこう。穏便に済むものならな。ではまた」

「よしなに」


 マリアンヌも立ち上がり、深々と頭を下げた。


 ◆◆◆


(うーん。上級魔術師が出て来たとなると、ちょっと大事だよね? 旦那様に報告したいけど)


 寮の部屋に戻ったステファノは、ネルソンへの連絡方法を考えていた。

 魔耳話器まじわきはまだ実用化に至っていない。


(こんなことなら冬休みの間に急いで物にしておけば良かった。直接自分で動くと、目立つよねぇ)


 自分には既に見張りがつけられている可能性がある。アカデミーの出入りは監視されていると考えた方が良さそうだ。


「ピー」


 考え込むステファノを気遣ったのか、机の上でくつろいでいた雷丸が鳴き声を上げた。


「心配ないよ。俺は元気だから」


 自分が動けないなら誰かに手紙を託すか? 伝書屋がマークされている可能性もありそうだった。


「疑わしいって言えばどこも疑わしいからね。困ったな。伝書鳩でもいれば手紙を飛ばせるんだけど……」


 そんな便利なものは持ちこんでいない。


「ピー」

「ふふ。お前じゃいつお屋敷にたどり着けるかわからないしな。そもそも場所を知らないし」


 言葉が通じたところで、雷丸はネルソン邸の場所を知らない。それでは使役獣といっても役には立たない。


「ピー」

「ごめんよ。お前を信用しないわけじゃないんだ。道さえわかるなら頼めるんだけど……」


 伝書鳩さえいたなら道など気にせず、まっすぐに屋敷まで飛んで行けるのに。考えても仕方ないことであったが、ステファノはつい考えてしまう。魔獣とはいえ雷丸は「アンガス雷ネズミ」だ。翼は持っていない。


「ハリネズミが空を飛べるはずないもんね。あれ? 飛べるか?」

「ピー!」


 試射場では目にも留まらぬスピードで宙を飛んでいた。あのスピードなら誰にも気づかれずに空を飛べるのでは?


(それでもだめか。場所を知らないもんな。俺が道順を教えて上げられれば……。うん? アバターが教えれば良いのか?)


 雷丸の魔核には虹の王ナーガの分身が宿っている。虹の王ナーガを動かすことができれば、雷丸を操れるのではないか。


(お屋敷にLANを引いた時、すべての魔道具は俺のアバターになった。魔視まじを使えば周囲の状況は把握できるはずだ)


 ネルソン邸の鐘楼には中継器ルーターが仕込んである。それを目指して飛ぶことができれば……。


「よし。実験だ。まずは雷丸のアバターとリンクを結ぶ」


 ステファノは鉄粉を1粒取り出し、中継器ルーターの術式を籠めた。そっとその鉄粉をこよりに包み込み、雷丸の首に縛りつけた。


「苦しくないね? 我ステファノの名において虹の王ナーガに命ず。雷丸とのリンクを結べ」


 アバターに意識を集中した瞬間、目の前に別視点の視野が現れた。雷丸の眼から見た映像であった。


(おお。こんなことになるのか。テイミングとLANの複合効果かな? 意識を動かせば雷丸の視点に集中できそうだ)


 不思議な感覚であったが、雷丸の目を借りてその目に映る景色を眺めることができた。


「いいぞ。今度は雷丸を操らなくちゃ。虹の王ナーガよ、汝の眷属雷丸を動かせ」


 ステファノは雷丸に直接意思を伝えることはできない。だが、ナーガになら言葉にしなくても意思を伝えることができた。


(ゆっくり進め。止まれ。右に回れ。止まれ。進め。止まれ。……)


 思考操作型のラジコンがあったとしたら、こんな風に動くであろう。多少の遅れはあったが、ステファノは自在に雷丸を操れるようになった。


「よし! 後は御屋敷の場所さえわかれば飛ばせるぞ。お屋敷の中継器ルーターとリンクをつなぐんだ」


 10分後、ステファノはネルソン邸の場所ばかりか邸内の様子を、LANを通じて把握できるまでになった。


「いけるぞ! 雷丸、旦那様に手紙を書くから、それを届けてくれ」

「ピー!」


 ステファノは自分専用の通信手段を手に入れた。

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