第442話 わたしがなぜ『土竜』と呼ばれているか知っているか?
「宇宙の法則だと」
ハンニバル師は火傷しそうになった指を擦りながら、ステファノを見据えた。
「言葉にすると大袈裟に聞こえますが。物事のバランスを、ほんの少しつついてあげると言ったら良いか」
「因果を操るところは魔術と同じなのだな?」
言葉をかみしめるようにして、ハンニバルは理解に努めていた。
「その通りです。属性という型にはめることなく、因果の結果そのものを求め、現実化します」
「見えるのだな、因果の連なりが」
「
ステファノは魔法の限界をぼかした。上級魔術レベルの因果を操れるとなると、魔法師が警戒されるに違いない。
危険視されて、危害を加えられる恐れもあった。
それゆえにステファノは自分の能力を過少に申告する。能力の上限を低めに告げる。所詮は中級魔術の威力までだと。
「ならばわたしと似ているな」
「
「わたしがなぜ『
ハンニバルは微風の術で指先を冷やしながら、ステファノに目をやった。
「土魔術が得意だからですか?」
「その通りだ。だが、それだけではない」
ハンニバルは手のひらの裏表を確かめた。少しだけ指先が赤いが、火傷にはなっていない。
「わたしが
その途端、ハンニバルを取り巻くイドが膨れ上がり、赤銅色の竜の形となって声にならない咆哮をあげた。
ステファノの全身を強烈な力が押さえつけて来た。すべてを床に押しつぶそうとする重力。
「くっ。何を?」
椅子から滑り落ちながら、ステファノはカウンターを放った。逆方向の引力で掛けられた重力を打ち消す。
「ピーッ!」
片膝をついたステファノの頭の上で、雷丸が全身の針を逆立てていた。針先を赤く光らせながら、バリバリとハンニバルに向けて雷電を飛ばした。
「おっ? やるな!」
ハンニバルには軽口を聞く余裕がある。雷丸が飛ばした雷電に逆位相の雷気をぶつけて相殺した。
「それまでです!」
マリアンヌの声が部屋に響き渡った。
ハンニバルがまとった竜は一瞬でその姿を消した。
「ハンニバル卿、やりすぎです」
「そう堅いことを言うな。怪我人が出たわけでなし」
「怪我をさせてからでは遅すぎます。おふざけが過ぎましょう」
マリアンヌは柳眉を逆立てていた。
「場所柄をわきまえてください。ここはアカデミーで、卿がおられるのはわたしの部屋です」
「ふふ。お堅いことだ。わかった、詫びよう。許せ」
ハンニバル師の全身から張り詰めていた気配が消えた。ステファノへの攻撃を繰り返すつもりはなさそうだった。
「お前にも詫びておこう。突然攻撃してすまなかった。単なる
「わかりました。こちらも使役獣が
「雷獣か。大きさの割に鋭い術を飛ばす。大事にしてやれ」
雷丸はようやく警戒を解いて、逆立てていた針を寝かせた。
「これで用は終わりです。ステファノ、お下がりなさい」
気が変わらぬ内にと、マリアンヌはステファノを退出させた。ステファノも空気を読んで、そそくさと立ち上がる。
「それでは失礼いたします」
最後に戸口で頭を下げるステファノに、そう言えばというようにハンニバルが声をかけた。
「ああ、ステファノ。3月の研究報告会、魔術競技の部を楽しみにしているぞ」
「え? ありがとうございます。認められるように頑張ります」
「うむ。本気を見せてくれるのを期待しているぞ」
「……」
ステファノは黙って頭を下げ、ドアを閉めた。
「……無茶をなさる」
マリアンヌは苦いものを吐き出すように言った。
「まだまだ。あいつは半分も力を示してはおらんよ」
「それでは?」
「中級魔術師を押しつぶすくらいの土魔術を食らわせてやったが、片手でハエを追うように払い除けよった。底が知れん」
ハンニバル師の声に驚きの色はなかった。
「奴のイドを測ればわかることであるがな」
それが来訪の目的だった。
ハンニバルは面と向き合えば、相手のイドを測ることができる。どの程度の術者か、その「深さ」を測ることができるのだ。
「やはりステファノは実力を隠していると?」
「間違いない。それが証拠に奴は……」
「何か見えましたか?」
ハンニバルは次の言葉を口にする前に、にやりと微笑んだ。
「あいつも竜を飼っている。俺と同じようにな」
「な! それでは上級魔術を?」
「使えるであろうな。『七頭の竜』が本気となれば」
ハンニバルの口角がつり上がり、凄みを帯びた表情となった。
「ステファノが上級魔術師……」
ハンニバルの評価はマリアンヌの予想を上回っていた。それではステファノは
「しかし、彼は半年前まで魔力すら発現していなかったと言っています」
「そういうこともあるのだろう。魔力とは学んで身につけるものではない。望めば、ただそこにあるものだ」
事も無げにハンニバルは言った。
「ハンニバル卿は驚かぬのですか?」
「新たな上級魔術師の出現は事件ではある。しかし、いつか起きるべき必然だ。それが今起きたというだけだからな」
「そのように簡単に……」
「それよりもだ」
ハンニバルは薄っすらと浮かべていた笑みを表情から消した。
「問題は魔道具師としての実力だ」
「それは……?」
「奴が『魔法具』と呼ぶ代物。その性能次第では……血が流れるぞ。それも大量のな」
目を細めたハンニバルの顔は、マリアンヌの眼には獣のように見えた。
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