第441話 あれはわたしの妹だ。

「魔術学科長室に出頭せよ」


 その連絡を受けて、ステファノはマリアンヌ学科長を部屋に訪ねた。


「入れ」


 部屋の中から促されてドアを開けると、マリアンヌの他にもう1人、中年の見知らぬ男が座っていた。

 黒ずくめの上下に、金髪碧眼。がっちりとした体格だが、背は中背よりも低めかと思われた。


 ステファノは、男の瞳に見覚えのある気がした。


「ステファノ、そこに座りなさい」


 マリアンヌに示されたのは男の正面にあるソファであった。

 マリアンヌ自身は2人の間に座っている。どちらの様子も横目で視野に入れられる。


「こちらは上級魔術師のハンニバル師だ」

「えっ? ハンニバルさんて図書館の……」


 ステファノはマリアンヌの紹介を聞くなり、上級魔術師として高名な「土竜もぐらのハンニバル」を思い出すよりも先に、図書館のハンニバル司書を思い出した。

 女性にしては変わった名前だとは思っていたが、「土竜もぐら」の二つ名を持つ上級魔術師と結びつけたことがなかったのだ。


「あれはわたしの妹だ。ハンニバルは家名である」

「失礼しました。そうだったんですか」


 ステファノにしてはうかつなことだった。「白熱のサレルモ」、「土竜もぐらハンニバル」、そして「雷神ガル」。この3人は魔術師界の頂点に立つ上級魔術師として知らぬ者がいないというのに。

 彼らにあこがれて、ステファノは魔術師を志したのではなかったか。


「改めまして、魔術学科1年のステファノです」

「うむ。ハンニバルだ。よろしく頼む」


 ステファノは失礼を詫びた上で改めて名乗った。


「今日ハンニバル卿が来られたのは、お前に尋ねたいことがおありになるからだ。包み隠さずお答えしなさい」

「わかりました。自分にお答えできることであれば」


 いささか緊張しつつ、ステファノは答えた。

 2カ月後であれば卒業目前であり、何を聞かれても問題はないだろう。だが、まだ卒業まで3カ月近く日にちがある。


 今はまだ、大きな騒ぎは避けておきたい。


(こんなに早く、外部の人間が接触してくるとは思わなかった)


 情報を聞きつけても、もう少し泳がせて・・・・くれるものだと思っていたのだ。


(上級魔術師が来たとなると、やっぱり「遠当ての術」が原因かな? 加減を失敗したから、あれが一番派手な術だったはずだ)


「ハンニバル卿、ご質問をどうぞ」


 マリアンヌに促されてハンニバルは唇をちろりとなめた。


「お前は魔道具を作れるらしいな」

「え? はい、作れます」


 予想と異なり、ハンニバルの質問は魔道具に関することらしかった。魔道具に関しては非魔力依存型魔道具である「魔法具」を作って見せたが、籠める術式は生活魔法に留めている。

 斬新ではあるが、驚異ではない。そういう線に納めていると、ステファノは自己評価していた。



「ふむ。何でも使う者の魔力を必要としないそうな」

「そういう物もあります」

「それを変わった名前で呼んでいるらしいな?」


 ハンニバル師はそれなりに正確な情報を入手しているようであった。「魔道具製作(初級)」の講師リヒトか、生徒の1人から情報を得ているのか?


「自分が所属する『メシヤ流』の魔法具です」

「うむ。聞いたことがない名前だ。まず、『魔法具』とはどういうものだ?」


 問われたステファノは、第一に魔法の何たるかを説明した。それは宇宙の法を理解し、それを尊重することで因果律改変に秩序をもたらす術であると。

 魔法具とは魔法の術理、術式を秘伝の手法により道具に籠めたものである。


「むう。わかったような、わからぬような。魔法は魔術とどう違う?」

「魔術で用いる因果の内容は、手あたり次第のものです。因果の改変は宇宙の秩序に歪みをもたらします。小さな歪みはやがて修復されますが、大きな歪みは予測不能の破綻となってどこかで害をなすことがあります」

「大きな術は大きな災害を呼ぶと言うのか?」

「その可能性があります」


 言葉をやり取りしながら、ステファノは妙な違和感を感じていた。ハンニバル卿は答えを知った上で、質疑を交わしている。

 いったいこのやり取りは何のために行われているのか?


「魔法ならば因果の破綻はないと言うか?」

「魔術とは比較にならないレベルに抑えられるはずです」


 ハンニバルは一旦言葉を切り、考え込む様子を見せた。

 ステファノにはそれが芝居に見える。


「ここで実演できるか?」

「魔法をですか? 学科長、よろしいのでしょうか?」


 通常学園内では魔術行使が禁じられている。例外は――。


「私が許可する」


 講師が許可した場合である。魔術学科長の許可であれば、まったく問題はない。


「それでは失礼いたします」


 ステファノは一礼して立ち上がり、床に置いていたヘルメスの杖を拾い上げた。


(何の術を使ったら良いだろう……?)


 魔術と似て非なる魔法の業。因果を改変しながら世界への影響を限りなく小さく抑える。

 ステファノは小さく頷くと、ヘルメスの杖を握り直した。


 その杖の先をすうっと、ハンニバル師の前に差し出す。


「杖の先を触ってみてください」


 促されてハンニバル師は杖の先端をそっと握った。


「何もないが? む?」

「変化に気がつきましたか?」

「杖が……冷たくなってきた」


 ステファノは杖を構成する木材、その分子運動を減少させて杖の先を冷却した。「水」でも「風」でもない。熱という現象そのものを操作する魔法であった。


「むう……。まるで氷のようだ」

「今度は熱くなります。触れなくなったら手を離してください」


 言葉と共にステファノは魔法の効果を逆転させた。一転して杖が熱くなる。


「これは! く、熱くなってきた。幻術ではない、本物の熱だ」


 熱湯の温度に近づいたところでハンニバル師は杖から手を離した。


「属性がわからん。これはどういう魔術だ?」

「魔力に本来属性はありません。宇宙の法則を操る業、それが魔法です」

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