第438話 共に鍛え、共に学べばよい。

 金曜日までの講座すべてを振り返ってみると、8つの講座で3単位ずつ、計24単位をステファノは修得したことになる。

 1学期の講座と研究報告会のポイントを合わせると、全体で65単位に到達した。


(これってもう卒業必要単位を満たしているね)


 ステファノが申請さえすれば、現時点でアカデミーを卒業することができる。


(でも……。そこまで急ぐ必要はないな。錬金術と魔術医療はきちんと勉強したいし、魔獣学と魔術工芸の授業も受けたい)


 魔術工芸ではチューター役を務めることになっていた。


 何よりも、3月の研究報告会にステファノは参加したいと考えていた。


(情革研での研究もある。充実した2学期を送った上でアカデミーを卒業しよう)


 週4回の講義に出席するだけになったので、2週目からはスケジュールに大きな余裕ができた。自由時間は研究活動と鍛錬に活用することにした。

 ステファノの体術は、まだまだ発展途上だ。師匠たちの場合は完成の域にある体術に、覚醒したアバターを順応させればよい。しかし、ステファノが進化するためには体術とアバターの両方を同時に鍛える必要があった。


 日々少しずつ何かが変わる。昨日できなかったことが、今日できる。

 明日は違う何かが起こる。


 ステファノの日々は輝くように充実していた。


 それは側にいる人間にも伝わる。ミョウシン、ドリーはまばゆい程のステファノの進化を目の当たりにしていた。

 既に「柔」においてもミョウシンは教えられる立場に変わっていた。初めは遠慮していたステファノであったが、ミョウシンがこだわりなく教えを乞うようになってからは「立場」というものに固執しなくなった。


 共に鍛え、共に学べばよい。自分が教えられるものを持っているならそれを提供しよう。ステファノはそう割り切った。


 ドリーに対してもステファノの態度は同じであった。


「魔核を練り、魔視脳まじのうを刺激し続ければ、やがて覚醒に至ります。その時、ドリーさんのギフトはアバターに変化するでしょう」

「分身か。そう思えば、お前の虹の王ナーガは初めからアバターらしい現れ方だったな」

「はい。ギフトの性質として『自律性』の強いものだったのでしょう」


 冬休みの間、ドリーは魔視脳の鍛錬に努めた。その結果、「温度」としてとらえていた魔力を「温度を表わす画像」として知覚することができるようになった。

「第3の眼」が目覚めていた。


 万物を取り巻くイドの存在も、第3の眼で認識できるようになった。それも瞑想などの集中を必要とせず、肉眼と同じように自然な知覚として。


「イドの鎧というものが、ようやくわかって来た。まだ操作はぎこちないがな」


 習いたての頃のステファノのように、ドリーの鎧は岩のように固まってしまう。まとえば身動きが取れなくなってしまうのだった。


「わかります。最初は薄皮を1枚まとうつもりで薄っすらと体を覆うところから練習すると良いですよ。徐々にそれを増やして行けば、鎧の強度を自由に変えられるようになります」


 ステファノは鎧を体の一部にまとい、その場所を移動させる練習方法もドリーに伝えた。


「最初はやっぱり手を使うのがわかりやすいですね。意識を向けやすいので。右手と左手に交互に鎧をまとわせたりすると、良い練習になりますよ」

「なるほど。王国は1日にしてならず。正しい訓練は大切だ」


 生徒を指導する立場にあるドリーは、指導を受ける側に回っても理解が早かった。

 何よりも、彼女は基礎と反復の重要性を知っていた。


「お前のように『不殺』を誓おうとは思わないが、無暗に人を殺したいとも思わない。選択肢があるのは良いことだ」


 ドリーはイドの訓練により、「蛇尾くもひとで」や「遠当て」を身につけようと考えていた。


「それで、その剣に使い道が出てくるのですね?」

「模擬剣に過ぎぬがな。使い慣れたもので手に馴染んでいる」


 片手剣であるショートソードを模した練習用の剣であった。学生時代のドリーが剣技を鍛えるために使ったものである


「これならば学園内で携行できるからな」


 帯剣禁止のアカデミーであっても、刃引きどころか刃がついていない・・・・・・・・模擬剣ならば持ちこむことができる。

 ただし「本身」でないことを示すために、鞘はなく刀身は赤く塗られていた。


「いずれは刀身にまとわせたイドを、自在に飛ばせるようになりたいものだ」


 両手剣や長物に比べて、ショートソードは軽く取り回しやすい。熟練者であれば、手首を捻るだけで振り回せるのだ。

 男に比べて小柄で膂力に劣るドリーは、体裁きと剣尖けんせんのスピードを磨いて来たのであった。


「戦い方まで考えた上での装備なんですね」

「うん。本来は左手に盾を構えるべきところだが、そっちはイドの盾で代用するつもりだ」

「なるほど。見えない盾ですね」


 物理的な盾に拘束されない分、左手は自由に使える。投擲に使っても良いし、短剣を構えても良い。


 イドという新しい要素が加わることにより、ドリーの戦い方は大きくバリエーションを増やす。それに合わせた戦法や術の組み立て、武器や体の使い方など、練り上げ磨くべき項目が無限に現れるのであった。


「ふふふ。毎日が楽しくて、朝の訪れが待ち遠しい。まるで15の乙女に戻ったようだな」


 言葉に嘘はなく、ドリーの頬はバラ色に輝いていた。

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