第436話 お前が凶暴な性格じゃなくて良かったよ。
ドリーはそれ以上雷丸の「性能」について突っ込むことはなかった。
部屋に戻ってから落ちついて観察してみると、ステファノはいくつかのことに気がついた。
1.雷丸の
2.雷丸が自分自身で魔核を練れること。
3.その魔核は
4.ステファノ同様、全属性の魔力を使いこなせること。
5.ステファノの魔核には最早依存していないこと。
6.それでもステファノの命令には従うこと。
3つめの事実はステファノを動揺させた。
どういうわけか雷丸は
(テイマーと使役獣のつながりって奴が影響しているかもしれないな)
最小クラスの魔獣で良かったと、ステファノは自分を安心させた。術さえ使わせなければ、周りに迷惑を掛けることはないはずだ。
雷丸というか、アンガス雷ネズミ本来の性格は温厚であった。体の小ささのために警戒心は強い。だが、襲われなければ自分から攻撃的になることはなかった。
「お前が凶暴な性格じゃなくて良かったよ」
「ピー」
木箱と手拭いで作ってやった「ベッド」に入れてやりながら、ステファノは雷丸に語りかけた。
雷丸は、試しに与えてみた素焼きのナッツを、小さな口でコリコリと食べている。
「人前ではおとなしくしろよ」
「ピー」
「鳴くのもダメだ」
「ピー」
「本当にわかっているのかなあ」
ステファノは木箱の蓋に空気穴を開けた。雷丸の姿を見せられない時は、木箱のベッドがケージの代わりになる。
(ミョウシンさんにあんな弱点があるとは知らなかった)
初めて雷丸を見たミョウシンは、真っ青になって震え出した。両手で自分の口を押えて、必死に悲鳴を押し殺している。
雷丸を隠し、後から聞いてみると、小さい頃のトラウマでネズミが怖いのだそうだ。
(かじりかけのパンから子ネズミが出て来たことがあるって……。とんだ災難だね)
一歩間違えば子ネズミを生きたままかじっていたかもしれない。その恐怖が忘れられないらしい。
パンはスライスしたものしか食べられないそうだ。それを手でちぎり、切り口を確認しないと口に入れられない。
「ぜ、絶対に……あれをわたくしに近づけないでね。口に入れたりしないでね。お願い」
蒼白な表情で、支離滅裂なことを言っていた。
ミョウシンと会う時は雷丸を部屋に入れてから来ると、ステファノは約束した。
「正確に言うとネズミじゃないんだけど。それを言っても意味ないしね」
ハリネズミは、ネズミと全く別の生き物だ。ましてや雷丸は魔獣である。
ミョウシンが丸かじりしかけたネズミとは別物なのだが、その違いを見分ける余裕が彼女にはない。
まともに目を向けることさえできないのだ。
「食堂に行くときも
「ピー?」
単音節の鳴き声にどうしたら含ませられるのかわからないが、雷丸の返事に不満と疑問が籠められているように聞こえた。
「普段は頭の上に載っていていいけど、『ハウス』と言ったら箱に入ること」
「ピー!」
力強い鳴き声は「イエッサー!」と聞こえた。
(やれやれ。俺の耳がどうかしているのかもしれないな)
ステファノは深く考えるのを止めた。
◆◆◆
金曜2限めの講義は魔術心理学であった。
「魔術心理学には2つの側面があります。1つめは魔術の行使時に人間心理を利用するという方法論です」
赤い縁の眼鏡をかけた女性講師が言う。名前はアングリットで、金色のロングヘア―は軽く波打っていた。
「もう1つは、精神分析や心療行為に魔術を利用するというアプローチです」
聞いていたステファノは、なるほどと思った。目的をどこに置くかで、同じ言葉でも意味合いが変わって来るのだなと。
(魔術の行使を目的とするのが1つめのカテゴリーで、治療を目的とするのが2つめなのか)
「この講座で取り上げるのは、1つめの魔術行使に心理学を取り入れるという方法になります」
言っている意味は何となくわかる。しかし、生徒たちの大半は「では具体的にどうするのか」というイメージが浮かばずにいた。
「この『心理応用魔術』というべき方法論は、これまた2つの側面に分かれます。自分自身を対象とするか、術の相手を対象とするかです」
自分自身を対象とする場合、例えば自己暗示によって集中力を高めたり、術のイメージを強化したりする。
それを聞いてステファノは、トーマの「
広い意味では瞑想法も魔力錬成のための自己暗示と見なすことができた。
相手を対象にする場合は、心理誘導によって術中にはめたり、思い込みを与えたりする。「幻術」などはこの意味の魔術心理学が術の中に織り込まれていると言って良い。
こうなりそうだ、こうなるはずだ、という思い込みが術の効果を高めるのだ。
「『だます』とか『化かす』と言っても良いですね。非魔術師が行う『手品』はこれを利用した目くらましと言えます」
「大事なことは『○○なはず』と相手に思い込ませることです。それができれば、相手を思い通りに動かすことができます」
アングリットの説明は直接的でわかりやすかった。
ステファノ自身は隠形五遁の術に生かすべき考え方だと感じていた。
「さて、チャレンジのテーマです。1人1分の時間を与えます。その間にわたしを驚かせてください。ただし、わたしの体に触れたり、術を掛けたりすることは禁止です。物を壊すような行為も禁止ですよ? あくまでも心理的に私を驚かせてください。5分後に開始しますので、それまでに準備すること。試技の順番はランダムに決めます。自分の順番以外の時間に驚かす行為も反則とします」
生徒たちは「えーっ!」と声を上げながら、一斉に頭を悩ませ始めた。
ステファノはその喧噪の中で静かに席を立ち、廊下へと出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます