第435話 ふうん、そうか……ってならんだろう!
試射場の壁を蹴り、天井を蹴り、床を蹴って、雷丸はその名の通り稲妻のように跳び回った。
肉眼では尾を引く赤い閃光にしか見えない。
「ピーーーッ!」
ひときわ高い声を発しながら、雷丸は標的の1つに向かって宙を飛んだ。赤い閃光が標的の胸を撃つ。
「あれ?」
「何だと!」
標的の胸にはブスブスと煙を上げる小さな穴が開いていた。標的を貫通した雷丸は反対側の壁を蹴り、天井や床で跳ねながら宙を飛んで戻って来る。
「おっと! ハウス!」
ビシっという擬音が見えるほどの唐突さで雷丸が静止し、ちょろちょろと床を走ってステファノの頭頂部まで戻って来た。
「いや、待て。いろいろ言いたいことがあるが、何だその『ハウス』という掛け声は?」
「昔、犬を連れた大道芸人が店に来たことがありまして。その人が犬をかごに入れる時に、そう命令していたんです」
「ふうん、そうか……ってならんだろう! どうして雷丸に意味が伝わる?」
「何か、
随分といい加減な話だなとドリーは憤慨したが、魔術の世界はイメージ次第。意志の強さが事象を左右することは、魔術師にとって当たり前のことであった。
「大体、お前の頭がなぜハウスなんだ? ……いや、いい。アホくさくなった。それより今の威力が問題だ」
最後はドリーの声が真剣味を帯びた。
標的を引き寄せてみれば、やはり親指の太さで貫通した穴が開いていた。背中の射出孔も真っ黒に炭化している。
「これは……。範囲が集中しているが、威力で言ったらお前の遠当てに匹敵するんじゃないか?」
「そうですね。少なくとも授業で見せた術とは肩を並べそうです」
破壊困難な標的を引きちぎる術に匹敵する威力があると、2人は改めて命中痕を見つめた。
「秘伝のマッサージが効いたようです」
「ふざけるな、馬鹿者!」
雷丸の体当たりは、ドリーの秘術
「こんなちっぽけなネズミがあんな魔術を使えるはずないだろう! いや、そんなに物騒な魔獣をお手軽に生徒に譲るわけがないだろうが!」
「ですよね。つないでおかなくても危なくないって言われましたし」
「放し飼いどころか自在に跳び回ってたろう! どこが主人に依存しているだ!」
雷丸の見た目とその威力のアンバランスが、激しくドリーの常識を揺さぶった。
その時ドリーは、自分が怒鳴りつけている相手がステファノであることを思い出し、急速に萎えた。
「はぁあ……。お前に常識を期待したわたしが馬鹿だった」
「えぇ~?」
「まあ座ろう」
2人は椅子に腰かけて、息を整えた。
「お前がこいつに何をしたのかは聞かん。うすうす察しはつくがな」
「はあ、すいません」
「ふん。いちいち謝るな。話が進まん」
ドリーはステファノの頭頂部にちょこんと座った雷丸に、ちらりと目をやった。
「あれはただの雷魔術ではなかった」
「そうですね」
「お前の魔力でもない。その動きはなかったからな」
「その通りです」
「ということはだ」
ドリーは言いにくいことを口にするように、どっかと踏みしめた膝の上に両手をついて顔を突き出した。
「たった今
「そうだと思います」
はあーとため息をつき、ドリーは肩を落とした。
「
やってみたらできましたの少年にする質問ではなかった。
「よし! こいつは『
「はい?」
「
「は、はい」
ドリーは両手で顔を覆いながら、「こいつは特殊個体」「こいつは特殊個体」と口の中で繰り返した。
最後の方は「特殊個体は
「えー、そういうことで切り替えよう。こいつが使った複合魔術だが、雷属性は当然として、あの勢いだ。土属性で加速しているな」
「あの、土属性はジャンプの瞬間だけですね」
「何?」
「引力で自分の体を加速させ続けるのはとても困難です。うちの師匠くらいでないとできません」
新能力「
「では、どうやって加速したと言うんだ?」
「それには雷気を使っていました」
筒状の空間に雷気を帯びさせ、自らは電磁砲弾となってその中を飛翔する。ヨシズミならば
「聞いたこともない術だ」
「着弾の瞬間には身の回りの空気を灼熱化していましたね」
「雷と火だと?」
プラズマ放電。ヨシズミならその現象をこう呼んだはずである。
「何てことだ。そんな勢いでぶつかって、そいつはどうして無事なんだ」
「体の周りにイドの鎧をまとっていましたね。めちゃめちゃ器用に……」
「器用にどうした?」
「あの……俺の真似をしたようです」
「ああ……そうか。なら仕方ないな」
ドリーはその瞬間、憑き物が落ちたような顔になった。
「飼い主の責任だ。そいつにきちんとしつけることだな。命令があるまで術を使うなと」
内心でドリーは「お前をしつけるのはどこの誰の責任だ?」と、叫びたかった。
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