第434話 お前に懐いているわけではないのだな。
「随分と可愛らしい相棒だな」
魔獣学(初級)の講義があった日、ステファノはいつものように第2試射場に来ていた。
「
「ほう。そいつは魔獣か? 『いかずち』と言うからには雷気を操るのか?」
「お察しの通りです。『アンガス雷ネズミ』という魔獣だそうです」
魔獣の性質上、生きた状態で人目に触れることが珍しい。ドリーもこれほど側で見たのは初めてであった。
「魔獣というから恐ろしい物を想像していたが、案外可愛いもんだな」
「このサイズですからね。人間より大きい種類になると、さすがに恐ろしいんじゃないですか?」
親指ほどしかない雷丸は、あの女生徒でなくともペットにしたくなるような愛嬌があった。
「しかし、つないでもいないのに逃げ出さないのか?」
「俺の魔核が命の綱なので、離れるわけにはいかないようです」
「何だ。お前に懐いているわけではないのだな」
ドリーは冷やかすように言った。
ステファノの頭に手を近づけると、雷丸は逃げもせずドリーの指の匂いを嗅いでいた。
「俺の観たところ、魔獣の生息地にあるという魔石とは自然界の魔力が何かの理由で結晶化したものだと思います」
「魔力の結晶化だと? それはまた聞かない話だ」
「魔獣は生命維持に魔力を必要とするんじゃないでしょうか。しかし、自分で魔力を練ることができないので、魔石に頼っている」
「現実に雷丸がお前の魔核に依存して生きられるのだからな。あり得ない話ではないのか」
ステファノはドリーによく見せるために、雷丸を手のひらに乗せた。
「テイミングという儀式で俺を主と認めさせたことになっているんですが……」
「その言い方だと疑問があるようだな」
手のひらに魔核を集めてやると、雷丸はごろごろと体をすりつけて喜んでいるようだった。
「俺というよりも
「同じことではないのか?」
「えっ? うーん……。何だかちょっと違う気がします」
言葉ではうまく言えない。何となく雷丸はステファノのことを「仲間」とか「兄弟」のように感じている気がした。
「口が利けたら、俺にタメ口でしゃべりそうなんですよね」
「ナーガの方が上にいる感じか」
「雷丸には俺の魔力に依存しているという自覚がないんでしょう。
確かにテイムの際、ナーガを表に立ててはいた。雷丸的には
「実害がなければ構いませんけど」
ステファノは手のひらの上でくつろいでいる雷丸を撫でてやりながら言った。
「雷気を操ると言うが、雷魔術を使うのか?」
「威力はビンタ程度ですが、雷電を体にまとうことができるようです」
「身を守るにはその程度で十分なのかもしれんな。飼い主の役には立たんだろうが」
「そうですね。身の回りから離せないので番犬代わりにはなりませんし」
ふうんと、ドリーは不思議そうに雷丸を眺めた。
「自分では魔力を持たないのだろう? それなのに雷気を操れるのはどういう理屈だろう」
「魔石や俺の魔核が持つ魔力を利用しているんだと思いますが……。
言いつつ、ステファノは自然に第3の眼を使って雷丸を魔視していた。
小さな額の奥に、芥子粒のような魔視脳が存在した。
「ああ、一応ありますね。何だろう? でも、委縮しているような……」
「普通の人間同様、魔視脳があっても開放されていないのではないか? 一部の機能だけが働いているとか」
「そうかもしれません。存在する魔力があれば利用できるが、自分では魔力を練れない?」
「魔力制御の機能が雷属性に偏っているので、雷気しか操れないのかもな」
ドリーも蛇の目のヴィジョンで魔力の動きを観ることができる。その推測は信ぴょう性が高かった。
(だったら、
「ドリーさん、
自分から離れては生きられない雷丸に憐れみを感じて、ステファノは自然に魔視脳開放の術式を構築していた。
指先から凝縮した魔核と、冷却魔法を雷丸の脳内に送り込む。
一瞬ピクリと震えた雷丸は、すぐにおとなしくなった。
「ステファノ、お前何をした?」
「ええと、秘伝のマッサージみたいなものです……」
「マッサージって、お前」
ドリーはステファノの指先から放たれる魔核と、冷却魔法の発動を知覚していた。
「おっ!」
「あ、効いたみたいですね」
術を解いた後、雷丸の魔視脳が急激に活性化した。あたかも封印を解かれたような勢いであった。
今までチロチロと外部の光を反射するだけだったランプが、自らまばゆく光り出すような。
全身の針先から赤い火花を散らし、雷丸が立ち上がった。じっとしていられぬ衝動に動かされて、全身が激しく震える。
「ピーッ!」
甲高く一声叫ぶと、雷丸はステファノの手を蹴って宙に飛び出した。
「あっ!」
「どうした?」
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